日本人は誤解している、教養と実学の関係

 教養と実学の関係を、大方の日本人は誤解している。

 教養とは、人格に結びつく知識や学問のこと。哲学や芸術、宗教といった学問はこの教養の部類に入る。一方、実学とは、習った知識や技術がそのまま社会生活に役立つような学問のこと。ビジネス(経営など)や工学、法学、医学などがこれに該当する。

 書店の棚も図書館の棚も、教養と実学の分類がなされている。日本人は実学大好きで、ビジネス書をついつい手に取ってしまう。私の業界も同じ。若い人から「経営コンサルタントになるための技術、それが詰まった1冊や2冊を推薦してください」といわれたことがある。笑うに笑えない。

 実学と教養は、別物ではない。教養は実学のためのあるのだ。そうでなかったら、私も教養を勉強しなかっただろう。私は、20代にはビジネス書を読んで、30代後半からは教養のほうに転向した。あることに気づいた――。実学をいくら勉強しても自分には限界があるし、さらに世界が急速に変わっているから、せっかく身についた実学はアップデートのスピードがとても追いつかない。しかし教養は違う。学習の効率がとてもいい。応用が効くからだ。

 私はプロの学者ではないので、純粋な学問のための学問の研究には興味がない。経営現場や人生現場に役に立ちそうな哲学や歴史、芸術を断片的に切り取りして実学分野の応用に当てている。私のやっていることは誠に不謹慎であり、学術の世界では、邪道といわれてもしかたない。

 不確実性に満ちた世界、正解のない世界といわれているだけに、実学よりも教養がはるかに重要だ。ツイッターやフェイスブックなどの世界級の大企業は最近、哲学コンサルタントを導入している。彼たちは単純な教養に興味があると思えない。

 働き方改革が不発に終わった理由は何か。それは生き方改革(教養の分野)をせずに、働き方改革(実学の分野)をやるからだ。昔からずっと、こうだった。イノベーションやら何やら、そういえば最近は、DXの一色。実学分野の流行を追いかけても、何も変わらない。

 生き方を変えなければ、何も変わらない。

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