接種するかしないか、「ワクチン経済学」雑談

 「ワクチンについて、当初は懐疑的だったが、日本では7000万人も接種したから、大丈夫だろうと判断し、自分も接種した」というAさんがいる。

 新型コロナ・ワクチンは、緊急性から短期間の開発を経て使用に投入され、実質的に一般治験を余儀なくされた。そこで、治験参加者数の規模が大きければ、ワクチンの安全性がより確固たるものになるのだろうか?非論理的な結論だ。結局、安全だと自分に言い聞かせるだけの話にすぎない。そのAさんご自身の持っていた健全な懐疑は、7000万人という数に打ち消されたわけだ。

 実際は、われわれのなかに、社会生活上の様々な不都合(マイノリティに対する同調圧力も含めて)があって、接種に踏み切った人はたくさんいるのではないかと思う。特に接種の後半に差し掛かってみると、そういう人はますます増える一方だ。本意でなく、何らかの事情によって接種を受けざるを得なくなったと。

 だが、人間は自分の行動を正当化するのに理由が必要だ。そこではないかと思う。「7000万人」も1つの理由にすぎない。ほかには、いろんな理由がある。たとえば、「コロナやワクチンにかかわる死亡率が交通事故よりも低い」「人間は早晩死ぬのだから、明日事故死するかもしれない。いちいち心配していたらキリがない」などなど。

 ワクチン接種には短期的副反応や中長期的副作用といったリスクがある。そのために当座接種を受けないこと(リスク回避の利益)にすると、代わりに様々な不利益・機会損失を蒙ることになる。そこで、人間はその利益と不利益・損失を天秤にかけて評価し、意思決定を行う。いわゆる損得勘定だ。

 私の家で働いているフィリピン人メイドは、一昨日2回目のワクチン接種を済ませた。本人は一貫してワクチン接種を拒否してきたが、最終的になぜ接種を受け入れたのだろうか。

 年に一度のメイドビザ更新を控え、期限切れになるパスポートをまず更新しなければならない。パスポート申請のためにクアラルンプールのフィリピン大使館へ本人が出頭するわけだが、その際にフィリピン政府のルールで大使館の入館には、必ずワクチン接種済みの証明を提示しなければならない。

 彼女は、ワクチン接種を拒否すれば、パスポートやビザの申請ができなくなり、メイドの仕事を失う。さらにフィリピン帰国にあたっても未接種で支障が出たり、帰国後は強制的接種が待っているかもしれない。要するに、接種しなければ、彼女の場合、利益よりも不利益・損失が莫大だということになる。こうして天秤にかけた末、彼女は接種に踏み切った。

 日本人も基本的に同じ。未接種者は雇用や職場、仕事における不都合が多かったり、あるいは周りから同調圧力がかかったりすると、その不利益・損失が利益を上回る。すると、最終的に接種を受けざるを得なくなる。いわゆる受動的な接種だ。そこで、そうした事情を明らかにする人もいれば、そうでない(したくない、意識していない)人もいる。後者は行動を正当化する別の理由をみつけ、自分や他人を納得させようとする。

 私はまだまだワクチンを受ける用意ができていない。しかし、もしかしたら近い将来に、何らの利益獲得または不利益回避のために、ワクチン接種を受けるかもしれない。ただ、それは、あくまでも自分の損得勘定に基づくものであって、決して治験者の人数規模が理由ではない。

 そうなった場合、私は正直にこれを認める。損得勘定でついに接種する利益が勝ってしまったと。

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