「退化」が求められる時代

 大晦日。2021年、物理的に身動きの取れない1年だった。私は幸い仕事柄オンラインで完結できる形態であり、ある意味で恵まれていたともいえる。ただ、ビジネスにまったくマイナス影響がないかといったら嘘になる。

 それでも、私は昨日の「常態」にそのまま戻りたいと思わない。コロナの2年、いろんなことが変わった。どう変わったかというと、「進化」よりも「退化」を示唆する部分が浮き彫りになったのだ。

 とりわけ人類は非接触化や隔離によって、社会性が希薄化し、少なくともその方向へ変わろうした。「世界が狭くなった」ということが進歩や進化だとすれば、眼前にあるのは後退ないし退化にほかならない。

 そもそもなぜ進化し続けなければならないのか。進化しすぎて害悪がもたらされた場合、適度の後退や退化があってもいいのではないか。しかし、それが高度な消費社会にとって都合が悪い。

 高度な消費社会は、過剰生産・過剰消費に立脚しているだけに、この種の後退、つまり消費の減退は経済成長の減速と失業や貧困の拡大を意味する。

 人類が正視できないタブーを、コロナがあぶり出してくれた。その示唆を無視したまま、単に昨日の「常態」にもどっていいのだろうか。

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