弁護士バッチか総経理の椅子か

 久々に、復旦大学の法学修士時代の同級生、中国人弁護士Aさんから電話がかかってきた。

 「私は、法律事務所を辞めました。いま、不動産会社B社で副総経理をやってます」

 思わずびっくり。このAさんは、復旦時代の超優秀研修生で、通常3年の修士コースを何と飛び級して2年で卒業した。もちろん、ほぼ全科目「A」の首席成績だった(因みに、私は、「A」と「B」が半分ずつに、不得意の「民事訴訟法」が惨敗のD(かろうじて合格、Fは落第)。

 そのAさんが、卒業すると、復旦大学学長付の法律顧問となった。学長室、つまり、復旦大学の心臓部の法律事務を取り仕切る位置だ。将来的には、教授や学長も夢ではないという出世コースは、誰から見ても明白だ。

 しかし、しばらくすると、彼は復旦を辞め、某大手C総合法律事務所に就職し、弁護士としての生涯を始めた。

 「惜しいですね、Aさん、君は復旦の学長になってほしかったなあ」と私が、冗談で言うと、「いやいや、私は、アカデミックな雰囲気にはやっぱり慣れません。学校といっても、人間関係がドロドロで、出世とか何十年先のことは期待したくないし、やっぱり、実務ですよ。弁護士になってガンガンお金を稼ぐのさ・・・」と彼は笑って答える。

 そのC法律事務所は、上海の一等地にある超高級オフィスビルに2フロアももつドル箱事務所である。Aさんが入所すると、パートナー弁護士のアシスタントになり、主にM&A案件の補佐を担当する。

 M&A案件は、さらにドル箱中のドル箱である。企業の吸収合併に際して、相手企業の調査と法務・財務上の意見を提供する仕事だ。大型案件だと、1件につき、数百万元のフィーが入る。

 「立花さん、人事労務をやめたらどうですか、一緒にM&Aをやりませんか。お金になりますよ。1件数百万元ですよ、人事労務って、結構細々として、大変なんでしょう」、私は、何度もAさんから助言を受けた。

 「Aさんよ、私はあなたと違います。外国人で中国弁護士の資格を取れませんし、零細企業だし、M&Aよりも、コツコツと細かい人事労務をやっている方が身分に合っているし、自分もこの分野が大好きですから・・・」、私が何度も断る。

 「立花さん、あなたは、企業を経営する老板で、もっと大きな夢を持っていたと思っていたのに・・・」、Aさんはがっかりしたようだ。また、私のことを少し、見下したかなというムードも漂っていた。

 一昨年からは、金融危機の影響で、弁護士事務所のM&A案件が急減した。C事務所も例外ではない。恐らくAさん個人にも大きな影響が及んだことだろう。それに起因しての大転身なのか。

 不動産会社B社は業界でも大手、そこの副総経理は凄い。しかし、中国の弁護士法では、弁護士が民間企業(大学教師や研究者などは除外)で正社員として働く場合、弁護士資格を持ち続けられても、弁護士免許を返上しなければならないことになっている。

 せっかくのAさん、もったいない、と私は思っているのだが・・・

タグ: