幸福と不幸(2)~誰でも幸せになれる、2つのツール

<前回>

● ツールその1~参照点

 「参照点」――ノーベル賞に輝く行動経済学の中核、プロスペクト理論のまた中核概念である。利得と損失の判断を分ける基準点である。意思決定者は参照点からの変化によって、損得を判断する。

 たとえば、スーパーでの買い物。ある日、Aさんがスーパーに行ったら、1000円の品は半額特価の500円で売っている。それは得だと思って買い物かごに入れた。翌日、Aさんは同じ品を買い求めようとお店に行ってみれば、2割引きしかなく800で売られていた。Aさんは躊躇って購入を断念し、昨日もっと買えば良かったと悔やんだ。しかし、前日の半額セールのことを知らないBさんは、1000円の2割引きでも安く感じ、800円の品を喜んで買った。

 Aさんの参照点は、半額セールによって1000円から500円に変わったので、翌日の800円を高く感じた(500円→800円=損=不幸)。これに対してBさんの参照点は、単純に1000円に設定されたゆえに、800円を安く感じたわけだ(1000円→800円=得=幸福)。

 日本戦後の40年は「得した40年」だった。それを参照点にするから、その後の30年は「失われた30年」になる。終身雇用の保障が参照点になれば、リストラは不幸になる。参照点によって人間の損得感や幸不幸感が違ってくる。

● ツールその2~宿命感

 「宿命感」は、幸福度を左右するもう1つの重要な要素である。参照点が低く設定されても、欲望・欲求が暴走すれば、またもや欲求不満に陥り、不幸になる。そこで、ある種の天井が必要になってくる。それは、宿命感だったり、あるいはインドのカーストのような階級制度もそれに近い。自分の限界を悟ることだ。諦めは欠かせない。

 民主主義制度の下で、自由や権利と名付けた欲望・欲求が野放し状態になり、それに伴う義務や責任、リスク、コストないし限界を悟らないまま、大衆が暴走し始めたところで収拾がつかなくなる。フラット社会になればなるほど、些細な格差でも目立ってしまうからだ。そこで格差解消のために次から次へと新たな戦いが始まる。

 それで格差は解消したのだろうか。地球上の幸福総量、1人あたりの幸福量は増えたのだろうか。

 最近、中国の若者の間に、「躺平(タンピン=寝そべり主義)」という生き方が流行っている。社会活動を忌避し、家を買わない、車を買わない、旅行をしない、生命維持以上の消費をしない、結婚しない、出産しないという「ないないライフスタイル」である。それはまさに「宿命感」の表れであり、自ら欲求抑制の天井を作るわけだ。

 参照点を低く設定し、上に高くない天井を作る。それは幸福に通ずる道である。

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