現代の蹉跌、南極「歯科医」から分業化問題を考える

 南極の生き物、越冬隊の日常生活、観測基地の医療事情…。めったに聞けない話ばかり。昨日、ベトナム日本商工会議所主催のウェブセミナーに参加した。講演者は、ベトナム・ロータスクリニック院長白井拓史氏。氏は第42次南極地域観測隊に医療隊員として参加し、南極基地での実体験を語ってくれた。

 南極の観測研究基地・昭和基地に駐在する医師は1人だけ。越冬期間中に南極と本土の往来が途絶え、飛行機の出入りは1便もない。患者搬送が不可能であるため、手術も含めて駐在隊員のいかなる病気治療も南極基地のなかで完結しなければならない。そうすると、通常外科や内科、皮膚科といった専門分業もなくなり、1人の医師がすべての病気治療に当たらなければならない。

 何よりも歯科治療が意外にも多いという。歯の詰め物が取れたりするケースが日常的に発生している。内科医である白井氏は出発前に歯科医から歯科治療の基本を学び、そのまま南極入りして現地で歯科治療に当たっているという。他の専門外科目の治療についても必要に応じて日本国内の専門医とテレビ電話でつないで治療を進めるといった状況である。

 日本国内ではワクチンの打ち手問題が起こり、やっと歯科医師にもワクチン接種を認めた。それでも医師法の下における「超法規的措置」だというのだから、不思議で仕方ない。法律の規制は患者(消費者)利益を守るという大義名分の下でつくられ、がんじがらめに縛りつけられたところで、結局公益や様々な私益が損なわれる。

 産業革命以降の世界は、分業化が急激に進んだ。近代化の歴史は、分業の歴史でもある。しかし、分業の浸透ないし行き過ぎから社会の断片化(それこそが「分断」)が招来され、全体観や自律性が失われた。局所最適が目的化し、既得権益防衛戦が改革や全体最適の妨害になっている。

 昨今の専門家は、自分担当の分野しか知らない。それにしか興味がない。学究の世界では学際の重要性が語られながらも、目立った境界突破の研究成果はまだまだ少ない。

 話が戻るが、グローバル化の本質は産業境界線の画定であり、究極の分業化である。資本主義の市場メカニズムによりいわゆる低付加価値産業を途上国に押し付け、第一次産業から第二、第三次産業の分業、途上国と先進国の分業であり、分業化が行き過ぎたところで、食料不足問題が生じ、物流やサプライチェーンの脆弱化も際立った。

 そこで地政学における課題が多く生起する。国際政治や安全保障リスクの増大・深刻化に至っては、高度なグローバル分業化が主因の1つにもなっている。中国問題もまた然り。

 自給自足が美徳とされない分業化の時代においては、グローバル化の牽制としてブロック化の推進、つまり分業化の逆行(集業化・自給率の引き上げ)が必要だ。どうしても分業を語るなら、過剰な第三次産業人口を第一次ないし第二次産業へ還流させることが急務となる。

 だが、急務とはいっても、民主主義国家では手をつけられない困難な政治タスクである。大方の国民(有権者)が分業化の既得権益層であるからだ。東京のオフィスで働く(低生産性の)ホワイトカラーをいかに秋田県の農地に戻すか、あるいは大分県の工場で働かせるか、いまの政治体制ではほぼ絶望的である(方法はないわけではない)。

 こういったいわゆる分業構造のリセットは中国においても必要であり、習近平政権は今やこの難題に挑んでいる。IT産業や教育産業に対する抑制政策、虚業から実業への回帰、そういった産業や職業の自由に対する制限は、民主主義国家では不可能だ。一党独裁制国家だからこそできる。そういう意味においても、民主主義諸国は独裁中国に勝てない。

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