心地よい植民地化?もし日本が中国に支配されたら…

 ここ数年、日本国内では、将来的に日本が中国に支配され、植民地化されるのではないかという懸念が高まっている。

 しかし、日本人は一向に危機感をもたない。その原因の1つとして、日本人は自国が植民地化された歴史がないから、実感が湧かないのではないかと、私が分析している。これに対して、フェイスブックではある方から、「戦後7年間米国の占領は植民地支配ではなかったのか」と問いを提起した。

 これは、非常に重要な問いである。たしかに、戦後の米国占領は一種の植民地化と捉えられなくもない。もし、それが「植民地化」だとしたら、日本人はなぜそうした背景を抱えながらも今の危機には無感覚でいられるのか、という新たな問いが提起されなければならない。とりわけ3つの仮説を立ててみたい。

 1つ目の仮説。米国占領は、期間の短さという「量」と支配の中身という「質」の両方からして、そもそも本格的な植民化とはいえなかった。いささか一次問いを否定するかのような仮説ではあるが、その可能性もなくはない。

 2つ目の仮説。日本人はその教訓を汲み取ることができなかった、あるいは汲み取り方が間違っていた。そもそも太平洋戦争の敗戦、その教訓から日本人は何を学んだのか。「平和が何よりも大切だ」という単純な答えであれば、「植民地されようと、とにかく平和が大切だ」という答えが導き出されるかもしれない。ただこの答えは、世界各国の植民地脱却のための独立戦争(非平和手段)の正当性を否定することになる

 3つ目の仮説。日本人は「戦後の米国のような植民地化も悪くなかった」と考えた。宗主国米国の朝鮮戦争や後日の日米安保などによって、日本は高度経済成長を遂げた。その延長線上では、昨今中国に対する経済的依存から、嫌中・反中派も含めて日本人は多大な恩恵を受けており、これからも受け続けるだろうという推論が成り立とう。であれば、米国のいわゆる植民地化同様、中国による支配も心地よいものになると。

 日本人は平均的に、「殖民地抗体」たるものを持ち合わせていないようにみえる。上記3つの仮説は単独、あるいは複合的に成立するなら、この現象を説明することができる。

 さらに一歩進んで問いを提起しよう。米中の支配を同格に語ることができるのか。宗主国の異なる政治体制に注目されたい。香港は英国植民地だった。しかし、多くの香港人はなぜ、宗主国のイギリスよりも、祖国の中国に対しより強烈な拒絶反応を示したのか?英中の政治体系やイデオロギーの相違がその根本的な原因ではないだろうか。

 いよいよ最終の問いになるが、香港人と日本人を一元的に論じていいのか。しかしよくみると、香港人でさえも一括りに論じることができない。この議論を展開すると、拡散して収拾がつかなくなるので、またの機会に譲ることにする。

 小括しよう。民族の独立や自立、愛国心、イデオロギーといった原理主義の地平線に立脚する者は少数ながらいても、大多数の日本人は基本的に実利的で、短期利益に目線を合わせている。植民地云々、ないし「心地よい植民地支配」をどう考えるかという問いそれ自体が、タブーであり、ほとんどの日本人はこれを忌避している。この点は、未来の支配者になるかもしれない者にとっては甚だ都合がよいのである。

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