汚染水問題(2)~中国の脱ニッポン、「想定外」日本人の悲劇

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 ついに出た、「想定外」コール。8月25日、野村哲郎農相は記者会見で、中国が日本産水産物を全面禁輸することについて、「たいへん驚いた。まったく想定していなかった」と述べた。「想定外」だけを想定している日本人はいつまでも悲劇を繰り返す。

● 「日本物を使ってません」の日本料理店

 中国の日本料理店は、「日本の食材を使っておりません」という張り紙をまもなく張り出すだろう。――という私の予想は早くも当たった。上海の日本料理店では予約のキャンセルが相次ぎ、一部の店では「日本の食材を使っていない」と掲示し、安全性をアピールし始めたという。

 ところが、中国のSNSでは、「あんなに頑なに日本輸入物(だから価格が高い)と言い張っていた店が今日になって一転、日本産の食材は使ってないと言い出した。詐欺じゃないのか」「馬脚を現したな」「うそを宣伝していたわけね」「面白すぎる。日本料理店が続々と『うちでは日本物を使ってない』と言い出した。それでも『日本料理』と言えるのか?」などの皮肉なツッコミが殺到した。

● 日本製品ボイコット

 中国人は日本料理を食べなくても死にはしない。しかし日本料理店や水産業者には死活問題だ。これも予測通りだが、水産物だけではない。上海市内の飲食店やスーパーなどでは地元当局が抜き打ち検査を始めた。検査は水産物以外も対象で、「違反」と認定された場合日本円で最大数百万円の罰金を科されるということだ。

 中国では日本化粧品の不買呼びかけが始まった。不買リストも作成され、資生堂や花王、無印良品など数多くの日本食品ならぬ日本製品に影響が広がりつつある。予想より、はるかに早いペースで展開を見せている。さらに10月1日中国国慶節大連休に予定されていた「日本爆旅」も消えた。日本観光ツアーのボイコット、解約が相次ぎ、インバンドへの影響が現実になりつつある。

● 日本国内の分断

 鈴木直道・北海道知事は国に対し、中国政府に禁輸措置を即時に撤廃させることや、業界関係者が被る損失を補てんすることなどを緊急要請した。しかし、日本政府が求めれば、中国が大人しく禁輸措置を撤廃するとは思えない。

 補てんだけは可能だろう。政府は全面禁輸の影響を受けた漁業者らへの追加支援策を設ける調整に入ったという。しかし、支援策の財源は、全て日本国民の血税だ。中国人富裕層が日本の魚を食べなくなったその穴埋めに、日本人が税金を払うと。笑うに笑えないことだ。

 では、これから他の食品ないし工業製品のボイコットに発展した場合、政府はすべての業界や企業に補てんをするのか。補てんが不十分な場合、平等に補てんできない場合、日本国内の分断は避けられない。それは中国が狙っていたところだ。

● 対抗措置を取れない日本

 反中評論家の石平氏は対抗措置として「中国産農産物の輸入を禁止すべきだ」と主張する。中国の耕地や水は農薬の過剰使用で汚染が深刻だという背景がある。しかし、農薬と原発汚染水の次元が違う。さらに禁輸は物価高騰を招くとの指摘もあるが、氏は「台湾や東南アジアなど友好的な輸入元はある」と代替案を提示する。だったら、なぜもっと早い段階から輸入しなかったのか。その原因は何だったのか。

 現代人の食生活は、単純な一次産品だけで完結するものではない。非常に複雑なサプライチェーンが絡んでいる。それを一夜にして置き換えることはできない。石平氏もそうだが、いわゆる保守右派の中に威勢の良いことを言う人は多いが、大方が経済素人の花畑さん。

● 売上半減の業界
 
 日本の中国(香港を含む)向け水産物の輸出は、水産物輸出総額の42%を占めている。それが、中国の水産物輸入のわずか5%程度しか占めていない(2022年)。中国にとっては日本からの輸入をゼロにしても大した影響が出ず、しかも他国からの代理輸入も可能だからだ。しかし、日本の業者には死活問題だ。

 愛国心の強い(強そうに見える)保守派はすぐに「中国人は日本へ来なくていい」と怒りを爆発させるが、これもデータを見てみよう。訪日中国人観光客はインバウンド客数全体の30%強を占めるが、訪中日本人は中国入国旅客のわずか7%(いずれも2019年)。中国人が来なくなったら、売り上げの半分(中国人観光客の客単価が他国よりも高いから)が吹っ飛ぶ。あなたならどうしますか?

 水産業とインバウンドという2つの産業だけを見ても、結果は明らかだ――。脱中国した場合、売り上げが半減する。業界にかかわる日本人にとってはまさに死活問題だ。

● 「脱中国」よりも「脱日本」が怖い

 対中貿易は日本貿易総額の約4分の1を占めている。中国サプライチェーンから脱却し、それを再構築するためのコストは数十から数百兆円。このコストは日本人国民の全員が痛みを分かち合う。生活コストは2~3割アップする。ただでさえ貧しい日本人にはこれらを受け入れられるのか。逆立ちしても無理だ。

 日本人にとっての問題は、実は日本の脱中国ではなく、中国の脱日本だ。離婚できない依存どっぷりの妻が旦那の悪口を言いながら、ついに離婚届を突きつけられる。日本は中国に切り捨てられたのだ。

 中国をはじめとするBRICS+は24年1月に、5+6の11か国体制で再発足する。その11か国の顔ぶれをみればわかる。まさにエネルギー・農業・製造業の「実体経済」国家のグループだ。これに対して日本を含むG7は「金融経済」国家であり、生命線は抑えられているのである。

● どうする日本?

 日本の水産物が追い出される一方、ロシアは中国への水産物輸出の拡大を目指し、漁夫の利を得ようとしている。水産物の安全問題について中露対話が続き、ロシア産水産物の対中輸出に関する規制に関する交渉も終了に近づいた。2023年1~8月のロシア産水産物の輸出は半分以上が中国向けでじわじわと日本産に取って代わろうとしている。一度取られたポジションを取り返すのが大変なことだと、日本は覚悟すべきだろう。

 前述した通り、BRICS +の11か国は、世界エネルギーの7割、農業と製造業を掌握している。ペルシャ湾、スエズ運河、紅海、そしてもちろんサプライチェーン、日本の急所が全て抑えられている。アメリカが第一列島線から離脱する場合、韓国やフィリピンはすぐに豹変する国であり、中華同族の台湾はいつでも中国に溶け込める。日本だけは孤軍奮闘で最後の一兵卒まで戦えるのか。

 2回目の敗戦、よく考えたほうが良い。長い物に巻かれるというが、中国が米国よりも長くなっている。どうする日本?処理水の1件もアメリカがバックにあるだけに、日本は大胆にも中国に「宣戦布告」を突き付けたのだが、果たしてそれでいいのか?

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