【世界経済評論IMPACT】機密に無感覚な日本人経営者、セキュリティはいずこへ

 こんな非常識で杜撰なことがあっていいのか。事例を紹介したい。

 セキュリティ・クリアランスとは、広義的にいえば、上は国から下は企業まで、その安全保障などに関わる機密情報の取り扱い方のことだ。我が国は国も企業もこれに全く対応できておらず、その意識すら薄い、あるいは皆無な状態だと言っても過言ではない。

 今夏、私は上海出張の際に、誰もがその名を知っているだろうという、まさに超大手電気機器メーカーB社の中国現地法人に呼ばれた。目的はいわく人事制度改革のためのコンサル入札の説明だった。

 私はその会社を訪ねると、日本人総務人事部長以下現地責任者・担当者数名が総出で、いきなり冒頭から人事改革の背景を説明し、続いて本題に入り、諸課題をはじめ、他の付随事項と合わせて、パワーポイントを使ってプレゼンテーションを開始した。

 内容は、評価制度の現状と変更の目的・方向性、人事評価グレードの減少・集約、賞与の計算方法の変更によって賞与減額を可能にする方法、役職の変更によって降格を可能にする方法、定年延長への対策構築(早期退職等)、職務手当改革・職級の運用などの具体的な話は次から次へと飛び出した。

 私はB社とは何の付き合いもない、もちろん契約関係ももたない赤の他人であるにもかかわらず、これらの人事機密の開示にあたっては、事前も当日も何らNDA(秘密保持契約書)の締結も行われていないし、締結要請もない。もっと驚くべきことは、これからだ。私は何らかの手違いだったのではないかと思い、後日B社中国法人の日本人H総経理(社長)にNDAの遡及締結を提案したが、H氏はこう言い放った――。
 
 「弊社の人事制度と改革に関連する情報開示については、NDAを締結するほど特殊かつ機密性の高い情報ではないので、契約の締結は不要だ」と。

 開いた口が塞がらない。これだけ濃度の高い人事情報が機密でないというなら、何が機密であろうか。特にセンシティブな人事改革に関して、中国の場合、情報の事前漏洩はしばしば致命的な事態に発展する。そうした失敗事例は数え切れないほどある。ほんの一例を挙げると、外部コンサルタントないし弁護士に起源するリスクは次のメカニズムに基づく。

 外部コンサルタントは一般的に職業倫理に則って、利益相反の仕事を引き受けてはいけない。しかし、会社側と何ら契約もしていなければ、利益相反の縛りも守秘義務の縛りもなく、自由に従業員側に立って助言することができるようになる。つまり会社側に立たなければ、労働者側に立つことができるわけだ。弁護士も同じだ。

 中国の場合、企業は人件費総額の一定の割合で労働組合に活動経費を拠出している。そうした収入で潤沢な予算をもつ労働組合側は、フィーの高い弁護士やコンサルタントと簡単に契約することもできるのだ。そこで入札で落とされたプロフェッショナルは、そのまま労働者側に位置替えをし、企業からもらった機密を武器にして企業側と戦うことになりかねない。

 ほかにも顕在的・潜在的なリスクがたくさんある。しかし、H総経理のような経営者はこれらに感知することもなければ、意識することもない。ただただ企業の経営安全保障をないがしろにしている。

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