<雑論>民主主義と権威主義の不思議 / 反日と西側嫌い? / 戦争はいけない / 米中の蜜月 / 新4K

● 民主主義と権威主義の不思議

 私は30代から、民主主義に懐疑的だった。その懐疑が批判と否定に転じたきっかけは2つあった。まずは、2019年10月の香港デモの取材、次に決定的になったのは、2020年11月トランプ氏の落選。

 香港デモには、私はもともと好意的だった。しかし、現地取材の進行につれて様々な疑問が浮上した。まず、デモの組織機能をチェックしてみると、警察動向のリアルタイム情報や主催側の指示命令の伝達から様々な物資の供給まで、とても素人と思えないほど、ほぼ完ぺきに組織されていることがわかった。しかも、デモ隊の暴力・破壊行為を撮影しようとすると、すぐに覆面のデモ関係者に制止され、身分を調べられた。プロがいたのだった。
 

 次に、デモ隊には多くの英国旗と英植民時代の香港旗、そしてアメリカの星条旗が掲げられていた。英国植民時代の香港人には民主などがなかった。香港総督も英国人だった。少なくとも現在は香港人が行政長官にあたっている。植民時代を懐かしむ気持ちの本質とは何か、私には理解できなかった。英国が民主主義国家であり、民主主義国家の植民地なら納得し、その地位を喜んで受け入れるという奴隷根性なのだろうか。

 アメリカの星条旗も加わると、やはり香港人による米英民主主義への憧れや羨望であろうという解釈が妥当する。しかし、1年後の米国大統領選挙が私に致命の一撃を与えた。その以降の展開は、すでに私の様々な記事にも書いてきたように、米国流の民主主義に対して私は絶望し、そして見下し始めた。アメリカは、他国に民主主義を押し付け、そしてそれを利用して親米政権・勢力を擁立するという手口が明らかになった。香港デモもその一環だったのかもしれない。

 同じ権威主義体制なのに、アメリカはなぜ、サウジアラビアと付き合うが、北朝鮮と戦うのか?同じ権威主義体制なのに、アメリカはなぜ、ベトナムを取り込もうとするが、中国と戦うのか?同じ権威主義体制なのに、アメリカはなぜ、昔のイランと親密だったが、今のイランと戦うのか?そもそもアメリカはなぜ、権威主義の中国と国交を断絶しない、民主主義の台湾と国交樹立しないのか?

 結論はたった一つ――。

 世の中は、民主主義対権威主義の戦いなど存在しない。あるのは、経済的利益の争奪だけだ。中国が1か国規模の独裁なら、アメリカは世界規模の独裁。1か国内の民主主義が必要で、世界内の民主主義は要らないと。おかしくないか?アメリカは世界でもっとも非論理的で無知野蛮の国だ。250年の歴史はやはり短すぎる。浅薄すぎる。

 一連の経緯は、書いた通り、私は、米国流民主主義に否定的だ。シンガポールや中国流の権威主義を支持する。中国による台湾統一を支持する。何よりも、民主主義と権威主義の共存と競争を支持する。競争メカニズムと歴史の検証に委ねたい。民主主義が権威主義を滅ぼそうとしているが、権威主義は民主主義との共存を容認している。それは民主主義の自信のなさを示唆している。

 アメリカは、非追随国や反米政権を独裁と規定し、独裁打倒・自由・民主の大義名分で他国に代理戦争させ、武器弾薬を売り付け、軍産複合体で巨大な利益を手に入れる。アメリカは、他国に民主主義を押し付け、そしてそれを利用して親米政権・勢力を擁立し、追随国にし、搾取・経済的収奪を行う。いわゆるG7やG8、米国連盟は、自由・民主主義というイデオロギー、名付けて「普遍的価値観」の共有を標榜する。

 他方、中国やロシア、イラン、北朝鮮ないしグローバルサウスのグループは、宗教もイデオロギーもバラバラで、単に反米や米国との相違、経済的利益で集結する。ただ民主主義グループと違うのは、各国は基本的に自国利益に立脚することだ。この点については、国際政治におけるあるべき姿であり、民主主義グループよりも健全だ。

 民主主義国家では、大衆の利益よりも、米国や国際金融資本という特権階層の利益が優先し、民主は名ばかりの美辞麗句にすぎず、大衆搾取のツールに成り下がった。支配者が交替しても、構造が維持され、状況は何ら変わらない。要するに、輪番搾取。しかし、権威主義体制下の支配者交替は、支配者の死をも意味する。故に、支配者は基本的に国益前提の外交を強いられる。アメリカは、他国・多国独裁している以上、自国・一国独裁よりも、はるかに悪質だ。

● 反日と西側嫌い?

 私は時々「反日」「反西側」と言われたりする。

 まず、私は反日ではない。愛国者だ。しかし、私が厳しく、時には激しく日本を批判している。それは、祖国がなんとか強くならないかという一念に基づいている。外国人が来日して感動したとか、中国は悪だとか、そんなことを言って日本が強くなるなら、私は喜んで毎日言い続ける。残念ながら、そういう言説は、単なる自己欺瞞、傷の舐め合いにしかならない。似非保守は、愛国ではなく、害国だと思っている。

 メディアが既に資本(お金)に去勢された以上、私は自分なりの情報収集と思考に基づいて、微々たる自分メディアから発信を続けている。これは私のできる限りのことであって、国に些細な恩返しだと思っている。国が良くなることは、強くなることを前提とする。私は保守であれ、リベラルであれ、重要ではない。どうでもいいのだ。

 今上天皇が即位されて5年経った。私の持論だが、天皇陛下は「象徴」でなく、大政奉還に近い形で「君主」になられるべきだ。この話は、保守の人々でさえ忌避している理由その一は、「反民主主義」のレッテルを恐れているからだ。理由その二は、現行民主主義投票制下の利権の消滅を恐れているからだ。選ぶ選ばれるという選挙産業、民主主義産業から莫大な利権が生まれている。

 その意味では、日本の保守が既にリベラル化している。自民党は正真正銘のリベラル政党だ。産経も朝日も表現の相違があるものの、左派媒体だ。私の言説が左にも右にも嫌われる理由は、そこにある。

 次に、反西側、これも聞かれたりする。――「立花さんは、欧米西側嫌いなんですか」と。「真善美」「偽悪醜」次元から、こう答えた。

 私が最も「悪」としているのは、「偽・美」――。現代、進行形の西側のいわゆる民主制に対する自惚れ、独善、偽善と自己矛盾。美に見えても偽善が大嫌いだから。
 私が「善」としているその1は、「真・美」――。西洋文化については、とりわけ、西洋哲学からは「真」、西洋古典音楽からは「美」が見出せるから、好きだ。
 私が「善」としているその2は、「真・醜」――。同じ西洋政治だが、イタリア・ルネサンス期の政治思想、宗教・道徳から切り離して捉えるという現実主義的な政治理論。悪であっても、偽善よりは善だと私は考えているからだ。

 逆のパターンを検証してみよう――。

 先日、日本在住の法輪功幹部A氏と会話があった。A氏いわく「日本人は反中共だ」「マルクス主義は邪説だ」。まず、大方の日本人は反共ながらも、なぜ中国依存から脱却できないのか?それは、経済的利益を優先しているからだ。では、なぜ反共というイデオロギーに勝てず、経済優先になってしまったのか?それは、経済という下部構造がイデオロギーの上部構造を規定する、というマルクスの「邪説」が正しかったからだ。

 昨今、法輪功(傘下の大紀元日報)のマネーロンダリング犯罪がアメリカで検挙されたのも、経済的利益がイデオロギーに優先する好例である。法輪功自体も「イデオロギー・ビジネス」であって、「反共・反中イデオロギー」は、商材である。価値判断(善悪・正邪)に惑わされず、事実判断で世界を見ると、さまざまな本質が見えてくる。

● 戦争はいけない

 敗戦。悪いのは、戦争を起こすのではなく、戦争に負けることだ。さらに悪いのは、戦争に負けるのではなく、悪い、最悪の負け方を選ぶことである。

 1944年、開戦から2~3年が経ち、日本に勝算がないと判断した時点で、しかもベルリン陥落に先立って、和平交渉に臨めば、異なる負け方を選べただろう。具体的には、1944年夏がベスト。レイテ沖海戦を止めれば、かろうじて連合艦隊を温存できたはずだ。交渉目標は、台湾、朝鮮半島、北方領土の継続領有にとどめる。つまり第一列島線の確保。それが今日に至ってどれだけ地政学的重要性があったのか自明の理だ。

 歴史に「もし」はないが、失敗の本質を抉りだし、反省する必要がある。私の中に、戦争に対する「反省」はこういうことだ――。「二度と戦争に負けてはいけない」「二度と負ける戦争を起こしてはいけない、巻き込まれてはいけない」

● 米中の蜜月

 1993年からの20年は、米中の蜜月期。なぜ?

 理由1、政治的に、ソ連が崩壊して、米国一極になり、敵がいない。アメリカの言うことを聞かない中東の連中は、テロと名付けて押さえ付ければいい。

 理由2、経済的に、グローバル全盛期を迎え、江沢民いわく「悶声発大財」、黙って大儲けしようと、江政権も胡錦濤政権も、国際金融資本や米国政治家と結託してお金儲けに熱中。米中は利益共同体。

 米国の親中でもなければ、中国の親米でもない。米中の「親利」、利益のベクトルが一致しただけの話。自由・民主の価値観を共有するという「親○」は、あったのだろうか。米欧日の関係を見れば一目瞭然。米国による欧州・日本に対する搾取のみ。中露イランの「同盟」もまた然り。共通の敵アメリカに対抗する上で利益のベクトルが一致し、イデオロギー的な共有は、帝王学レベルにおける「権威主義」の一点にとどまる。

 「親○反△」は大衆に対するプロパガンダ、洗脳にすぎない。「親○反△」で騒いでいるのは、洗脳ビジネス業者かそのお客さん(頭の悪いヤツ)だけ。

● 新4K

 「新4K」が流行っている――。「給与が良い」「休暇がとれる」「希望がもてる」「かっこいい」。言い換えれば、たくさんもらえる、少なく働く、保障される、虚栄心が満たされる。要は、貪欲、怠惰と虚栄心の塊。義務なき権利、リスクなきリターン。あるわけがない。そんな民族も国家も衰退する。地獄を見る。自業自得、同情に値しない。

タグ: