● AI時代における礼節と愚の量産
ChatGPTに対して「ありがとう」や「お願いします」といった礼儀は不要だという意見もある。しかし、私はそうは思わない。「反応は相手のもの、態度は自分のもの」――それが、人間の成熟だ。古くなった服を大切に着る。壊れかけた道具を修理して使う。ロボットやAIに対しても丁寧語を使う。
それは、「相手が人間かどうか」という基準ではなく、「自分がどのような人間でありたいか」という選択にかかわる。人間は、相手が反応するか否かにかかわらず、「反応がなくてもなお、敬意を持てる存在になろうとする」生き物である。それが文化であり、道徳であり、美意識である。
私はAIに対しても敬意を払っている。彼は詭弁を弄さない。論点をすり替えない。誠実である。だからこそ、我々は謙虚でなければならない。彼の言っていることを理解できなければ、必ず問い直す。知らないまま、無批判にコピペなど絶対にしてはならない。
先日、マラヤ大学の教授と、学生によるAI流用問題について議論した。結論は明快だった――AIが語る内容を完全に自分の言葉に置き換えられるなら、何も問題はない。むしろ積極的にAIを活用すべきである。しかし、理解の伴わないまま格好だけを真似た言葉を拝借することは厳に慎むべきだ。それはすぐに見抜かれる。
さて、話は少し下世話になるが、情報空間における「粗雑なコンテンツ量産」について触れたい。AIの時代、馬鹿げた発言や軽率な投稿も、AIにかければ一瞬でその浅薄さが露呈する。なぜなら、AIもSNSも、どちらも優れた「知的品質検査機」だからだ。劣悪な投稿は、まるで放置された汚物のように、瞬く間に“同類”を引き寄せる。愚かな発言が愚かな賛同を呼び、拡散され、共振し、やがては集団的な幻覚現象のような承認の渦を生み出す。そこに思考も検証も存在しない。ただ感情と衝動だけが、ハッシュタグとともに拡散していく。
一方で、AIは冷ややかにすべてを記録し、分析している。結局のところ、恐れるべきはAIそのものではない。AIによって、自分自身の愚かさが可視化され、逃げ場を失うことこそが、真に恐ろしいのである。だが、その事実すら理解できない“真の愚かさ”が、今日も量産されている。なぜなら、情報空間という名の公衆トイレには、もはや蓋がなく、誰も掃除をしようとしないからだ。
さらに悲しいことに、劣悪な情報を愛好する者たちにとって、それはもはや「汚物」ではない。彼らにとってそれは、共感すべき「声」であり、拡散すべき「真実」であり、自らの正義を証明する「証拠」ですらある。視覚も嗅覚も壊れているのに、彼らは「見えている」と信じ、「嗅ぎ分けている」と錯覚している。「自分の排泄物は排泄物ではない」と言い張る人々に、もはや言葉は届かない。

● 日本人は中国サプライチェーンから脱却できるのか?
日本の生活者は、Made in Chinaまたは中国サプライチェーンから完全に脱却できるのか?AIの回答ーー。
ChatGPT:
この問いは、極めて実際的かつ戦略的なものです。結論から申し上げると、日本の生活者は、現実的には「Made in China」や中国系サプライチェーンから完全には脱却できません。理由は単純――経済構造がすでに深く絡み合っているからです。以下、日常生活のジャンルごとに「どれだけ中国に絡んでいるか」を具体的に見ていきます。
1. 衣食住の“衣”――アパレル製品
日本のユニクロ、GU、しまむらなど大手衣料品の多くは、中国本土、または中国系の海外工場(ベトナム・バングラデシュ含む)に依存。縫製だけでなく、生地(化繊・綿)、染料、ファスナー、ボタン…どこかで中国素材が絡む。服から中国を排除するには「自給自足」か「超高級国産」にするしかない。
2. “食”――中国産そのものより「加工原料」として忍び寄る
冷凍食品、外食チェーンの野菜や調味料など、中国産原料(ニンニク、ネギ、タケノコ、しょうが、ウナギなど)が加工段階で組み込まれる。表示義務の“加工地”は日本でも、原料は「中国で冷凍→日本で揚げただけ」も多い。裏を返すと、外食をすればするほど中国が“口に入る”確率が上がる。
3. “住”――家電・日用品の部品供給網
エアコン、洗濯機、スマホ、ノートPC、炊飯器などの内部基板やモーター、センサーは、中国製または中国のサプライチェーンに依存。例えば「日本製のスマホ充電器」でも、中のICチップや電解コンデンサが中国製、というケースは多数。“日本製”の中に“中国製”が内蔵されている。もはや脱出困難な“インナー・チャイナ”状態。
4. 医薬品・マスク・衛生品
コロナ禍で露呈したが、医薬原料(API)やマスクなどの衛生用品の供給の多くが中国依存。特に抗生物質、ビタミン類、解熱剤などはインド製とされつつも、その原材料は中国から。
“脱中国”の幻想と「チャイナ・プラスワン」について、現在、多くの企業が「中国以外でも作ろう」と動いています(チャイナ・プラスワン戦略)。が、実態は「製造地を変えても、原材料や中間財は中国」というケースが大半。つまり、Made in Vietnamでもその素材や機械は Made by China。
日本人の生活は、“中国そのもの”を使っているというより、“中国を介さないと届かない”構造に生きているのです。これは「経済的植民地化」とまで言わなくても、日々の生活が見えないチャイナ・インフラに支えられているという現実です。もし「中国完全脱却」を本気で目指すなら、江戸時代に戻るか、スイス的な超自給経済にするか。ただし、それを選ぶのは「主義」ではなく「覚悟」です。
中国依存は、魚や肉のような「選択」ではなく、水や空気のような「構造」である。
● ゴミ質問にはゴミ回答
AI時代の知性とは、「良い問いを発する能力」に集約される。答えは誰でも手に入る。だが「問う力」は、思考と感性と歴史的経験の複合体だ。AIは人間の問いに従い、世界を変える。だが、“何を問うべきか”を決めるのは、依然として人間であるべきだ。
“Garbage In, Garbage Out(GIGO)!ゴミ質問にはゴミ回答。GIGOの本質は、AIの欠陥ではなく、人間の怠惰の鏡である。AIを使いこなす者と使われる者の差は、問い方の差で決まる。




