● 日本人申請者が消えたワケ
2025年3月27日、マレーシア観光省にてMM2H(Malaysia My Second Home)制度に関する代理店との会合が行われた。
ここで明らかになった申請データは、日本人の申請数が著しく低い現状を浮き彫りにしている。2024年度中に受理された申請件数は合計853件。そのうち中国からの申請が474件と全体の55%以上を占め、次いで香港46件、シンガポール44件、台湾43件、英国36件、米国29件と続く。対照的に、日本人申請者数は“その他”130件の中に含まれ、個別言及すらされていない状況である(資料提供:Step1 Malaysia社)。

このデータを表層的に見れば、日本人が単に関心を持っていないだけと解釈されるかもしれない。しかし、問題の本質は別にある。日本人が排除されたのではなく、マレーシアが日本人を優遇する必要をまったく感じていない、という国家利益主導の構造が明確に存在している。
● 富裕層移住スクリーニング装置
まず、現行の新MM2H制度は明確に高資産層向けに設計されている。シルバーカテゴリでさえ、資産要件を別として、申請代行費用だけでもRM40,000(約130万円)と高額である。中間層に優しい制度設計は意図的に排除されており、これは“富裕層移住スクリーニング装置”として機能している。
マレーシア政府がこの制度に求めているのは「質の高い移住者」である。経済的に自立し、現地に大きな社会コストをかけず、むしろ不動産や消費を通じて国内需要を刺激する人材層。これは制度設計に明確に反映されており、国家としての合理的な選別である。
経済特区カテゴリーにおいては、ジョホール州フォレストシティ内の不動産購入が前提条件とされている。申請者はまず不動産を購入し、その後にMM2Hの申請が可能になる。つまり、国家戦略的開発プロジェクトのテコ入れとしてMM2Hが利用されている。これはもはや移住支援制度ではなく、国家的な投資誘導政策である。
● 日本人がターゲットから外れる理由
日本人がこの制度に適合しない理由は明確である。第一に、日本の中間層が経済的に衰退しており、RM150万(約4,800万円)という水準の流動資産を動かせる層が限られている。第二に、日本人はリスク回避的であり、不動産購入を前提とした制度への心理的抵抗が強い。第三に、度重なる制度変更と政府の一貫性欠如に対し、日本人は”制度リスク”に敏感である。これらの特性を持つ日本人層は、現行のMM2H制度のターゲットから自然と外れる。
一方、中国・台湾・香港など中華圏の申請者は、移住を資産分散、リスクヘッジ、あるいは子弟教育と結びつけて極めて合理的に捉えている。政治体制の不安定さ、通貨リスク、そして自由の制限から逃れるためのセーフティーネットとして、マレーシアは理想的な”第二の選択肢”となっている。よって彼らはMM2Hの高額要件に対しても柔軟に対応し、国家の思惑通りに”移住+投資”という形で貢献している。
● マレーシアは合理的に“選んでいる”だけである
マレーシア政府はこの現実を極めて冷静に受け止めている。日本人が申請しようがしまいが、国家収益への寄与度が高い中華圏申請者が潤沢に存在すれば、それで制度としては成功である。マレーシアは国家利益を第一に考え、自国の経済合理性に忠実に制度を設計しているに過ぎない。そこに日本人への配慮や忖度が入り込む余地はない。むしろ、そうした配慮を求めること自体が、日本側の過去の経済的優位性に依存した傲慢な思考である。
要するに、MM2H制度において日本人が排除されているのではない。日本人が制度の条件から落ちているのである。経済的にも、心理的にも、制度的にも。
移住制度は社会福祉ではない。国家の経済戦略であり、地政学リスクと富裕層流動性の管理装置である。マレーシアはその本質を明確に理解している。日本人がそこに不満を言う筋合いはない。




