<茅ケ崎>割烹「ます田」、美食経営学と情報学雑感

 7月10日(火)、茅ケ崎に所用で1泊。夕食は駅前の住宅街にある割烹「ます田」で食べる。

 シニアオーナーの家族経営で切り盛りしている小さな店で、商売気は全然ない。おそらく自宅の1階が店になっているので賃貸料が発生しないだろうし、家族の経営であるが故にキャッシュフロー上の人件費も発生しない。飲食業にとって最大の固定費が回避できるだけに、損益分岐点が大幅低下し、利益を出しやすいというよりも、経営を圧迫するものは少ない。

 そこでゆとりが出る。そのゆとりは大切なのだ。派手な宣伝も必要なくなればその分コストが省け、より良い食材の仕入れに資金を集中投下できる。あるいは経営側の利益に繋げるのもよし。良い店はどんどん儲かればいい。儲からない店はどんなに美味しくても最終的に潰れたら、客にとっては損害である。

 私は最近いわゆるグルメランキングサイト類のものを一切信用しない。そのランキング機能はしばしば胡散臭い。ランキングの上位店と下位店を食べ比べてみると、差がないどころか、下位店のほうが安くて旨いということも決して珍しくない。情報が氾濫する時代であるからこそ、情報の選択ほど大切なことはない。いわゆる情報の中立性だ。

 「○号店」嫌いな私は、多店舗経営やチェーン系の食べ物屋へは原則行かない主義だ。マニュアル通りの料理やマニュアル通りのサービスだけでは物足りないし、オーナー店との違いは瞬間に分かる。客にとっては一般店は「店」であって、オーナー店は「人」である。技術と芸術の差には、筆舌に尽くしがたいものがある。いや、次元の違うものである以上、比較対象外だ。

 近代経営学において「ビジネスモデル」という概念があるのは、複製可能を前提にしていたからだろう。しかし、人間に関しては複製不可能だ。そこだと思う。

 絶対に2号店を出さないという飲食店のオーナーを何人か知っていた。年月が経つにつれ、ついに変節し、「2号店」や「3号店」を続々と出すオーナーもいた。「お客様が増えて収容できなくなった。お客様のご要望で多店舗にした」とご本人が苦しい弁明を並べる傍ら、「お客様が収容できなくなったら、待たせるか来店を断るか、あるいは値上げをするかで対応すればいい」という経営者もいた。

 正誤はない。前者も後者も客が入ればいい店だ。ただ私自身は後者を好む。それだけの話だ。

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