新時代の学校と企業(2)~人的資源サプライチェーンの再構築

<前回>

 ライフチェーンの後方において、定年の消滅や終身現役の要請が出てくれば、ライフチェーン前方の内容も本質的に変わってくる。学校や企業のあり方、学校と企業の関係、すべて変わる。また変わらなければならなくなる。

 学校で学んだものにはいかに机上の空論が多いことを、私は経営者になってからもう一度キャンパスに戻ったときに、分かった。カリキュラムの編成や教師陣の適性などの問題もあるが、基本的に学校はバーチャルの世界である。むしろアカデミックなリソースは、実務の総括や理論化・系統化、ないし哲学的法則の抽出に大変ポジティブであるが、逆方向で理論の実務化は大変難しい。

 大学の利害関係を言うと、就職という出口が最大比重を占めている。大企業や有名企業に就職したり、高い初任給をもらったりする卒業生が輩出すればするほど、大学の評価が上がる。評価が上がれば、入学率が上がり、大学は儲かる。それだけの話だ。

 就職先や初任給といった指標は人材にとって、これは単なるスポット的な瞬間指標静態指標にすぎない。どこか、卒業生の卒業後のロングターム・トラッキング(永年追跡)によって生涯スパンの動態指標を出している大学は存在しているのだろうか。

 そういう大学が存在しないのは、大学の不作為で大学が悪いからではない。そうした社会的な仕組みが実在していないからだ。

 人材紹介業にも同じことが言える。企業の採用率(紹介の成功率)と人材の給料が指標になっている。それはほかでなく、紹介業者の利益率にまず直結する指標だ(紹介料は通常給料に正比例して連動する)。さらにいえば、紹介された人材がその企業を早く退職すればするほど、紹介業者にとって他社紹介のチャンスになり、利益増につながる。この辺のビジネスモデルを見てもわかるように、紹介業者と企業の間に、構造的な利益相反の構図が明らかになっている。

 これも人材紹介業が悪だと決していうつもりはまったくない。短期的な、スポット的な人材募集という企業の需要がある限り、紹介ビジネスが生まれ、存続することは理にかなっている。

 逆に企業からは人材紹介業者に、「貴社から紹介された人材は、今後5年間、10年間を通して我が社にどのくらい貢献してくれるのか。いやそもそも、何年働いてくれるのか」と問いかけたら、紹介業者も答えに窮する。なぜなら、いわゆる紹介された人材の「これから」という将来に紹介業者が立ち入って管理する立場にもなければ、そうした仕組みにもなっていないからだ。

 必要でかつ実在しないものなら、創り上げる必要がある。誰がどのように作るかが課題となる。私はいま、このような仕組みを零細企業でも小予算でもテスト的に作れないものかと思案しているところだ。

 学校と企業は接点よりも、持続可能な並行構造を可能にする仕組みはないものか。「サステナブル(Sustainable)」という言葉は最近見ない日はないほど語られている。なぜならば、持続不可能なスポット的な利害関係に基づく制度や仕組みや取引があまりにも世の中に氾濫しているからだ。

 気がつけば、学校も企業も組織である以上、結果的にその構成員の利害関係がそのベースになっている。それも多くの場合は短期的利益や欲望に駆られている。これは当然のことだ。批判に値しない。ただその利害関係のベクトルを調整することは可能である。仕組みを変えることによって、なるべく各方面の当事者の利害関係のベクトルを同じ方向に向けさせるようにすることである。

 人工知能(AI)の発達によって、企業は雇用を減らしていくだろう。正社員たるものは将来的にマイノリティー(少数派)になり、非正規雇用や個人事業主がどんどん増える。こういう時代になると、採用や雇用、労働よりも、成果物、正確に言うとバリューの提示というより単純な取引構造になる。

 この取引構造下における学校や企業、そして個人の存在意義や存在形態も変わらざるを得ない。いわゆる人的資源のサプライチェーンの再構築である。

<終わり>

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