海外進出と撤退、利と美の関係を逆転させる耽美主義の罠

 海外市場の進出と撤退は、コインの裏表のようなものだと、私は考えている。

 どうも、日本人は胸を張って「進出」するが、「撤退」となると、なるべく世間に知られないようにしたがる。

 そもそも、日本企業の「海外進出」というのは、ある意味で、「日本撤退」でもあったのではないか。

 「選択と集中」は、事業戦略のコアだ。限られた資源をもっとも利益を生み出す事業に集中投下するという意味で、その前提には当然ながらも、「撤退」「進出」や「縮小」「拡大」といった両面性、流動性が含まれている。いや、含まれなければならないのだ。

 資本主義は常にフロンティアを探し求めるという営利主義に基づくものだ。この概念を理解すれば、日本企業の経営者ももっともっと機動的になる。

 従って、撤退や縮小する際に、進出時の稟議書に判を押した人の責任を追及すべきではない。むしろその進出によって利益が生み出されたかどうかを評価し、総括すべきだろう。

 赤字垂れ流しの進出は失敗であるから、回復の見込みがなければ、即時の撤退を決める。それが経営者である。

 また利益を計上して儲かった進出でも、将来的に継続的な利益が見込めなくなった時点においては、事業をさっさとなるべく高値で売って撤退すべきだろう。「儲け逃げ」は大切だ。

 日本人は非常に耽美主義的である。しかし経営では、「美」よりはまず「利」ではないか。「利」を得て儲かったところで、初めて「美」を語る余裕が出てくるわけだ。

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