世界を揺るがす1人の男、ドナルド・トランプ米大統領。彼はその「不規則発言」や「不規則行動」で世界を驚かせてきた。「不規則」といっても、その「不規則」がトランプ氏の「規則」なのだ。異端児や変人といっても、相対論的にいわゆる一般人との関係はそもそもコインの裏表にすぎない。
一見常識外れの思考回路や行動パターンではあるが、実はトランプ氏独自の原理原則に裏付けられている。そこから一定のルールやメカニズムを見出し、トランプという人間の本質を読み解くことができれば、いま起きている様々な事象も解釈できるようになるし、さらに先の予測もある程度可能になる。
トランプ氏の大統領当選から今日に至るまでの2年、この時系列に沿って彼の人間像を追ってみたい。最初に断っておくが、私はあくまでも手元の資料と自分の思考回路に基づいて仮説を立てるわけで、もちろん異なる文脈で異なる仮説を立てることも可能だろうから、私の唯一性を強調するつもりはまったくない。私の職業は経営コンサルタント。故に情勢予測そのものが主たる仕事ではなく、仮設を立て、実務上であり得るシナリオを描き、これらに備えて経営上の対策を講じ、リスクを最小限にするのが仕事だからである。
まず初回はお金の話から入っていきたい。
● トランプ氏の給料と「機会損失」
トランプ米大統領の年俸はいくら? 1ドルだ。冗談ではなく、本当の話だ。実はもともと米大統領の年俸は40万米ドル(約4500万円)と決められていたのだが、トランプ氏はこれを辞退し、たった1ドルという年俸を受け取っているのである(2016年11月14日付け BBCニュース)。要するにただ働きだ。
この金銭感覚は、一般の日本人サラリーマンどころか、少々裕福な日本人経営者でも容易に理解できない。トランプ氏は何を考えているのだろうか。
フォーブスが実施した調査によると、トランプ氏の推定資産総額は2017年10月現在31億ドル(約3500億円)。法律規程上の大統領年俸40万米ドル(約4500万円)がトランプ氏の資産総額に占める割合はわずか0.013%。仮に大統領2期目も続投し、合計任期が8年になったとしても、その割合は0.1%にしかならない(資産総額を変化なしとする)。
本来得られるべきであるにもかかわらず、他者の債務不履行や不法行為によって得られなくなった利益は逸失利益という。ただ、この場合は他者の債務不履行や不法行為は一切なく、トランプ氏は自らの意思によって決断したのだから、それは「機会損失」と解釈したほうが適切であろう。
例を挙げると、A君が大学を卒業して某有名企業のB社から内定をもらったにもかかわらず、最終的に内定を蹴って彼は海外の大学院へ3年間留学することを選んだとしよう。これもA君が自らの意思で「機会損失」(B社の年俸×3)を引き受けたと見ていい。さらに顕在的コストとして留学費用もかかってくることはいうまでもない。
単純明快で分かりやすいことだが、A君は自らの意思である種の投資を決断したのである。彼は海外留学の経歴や学歴を積み上げることによって、将来的にもっと大きな収益を見返りとして期待しているのだろう。その収益総額は最終的に上記の「機会損失」と留学費用の総和を上回らなければならない。これで考えると、「機会損失」は時と場合によっては「投資」になり得るわけだ。
このような計算を、A君は意識的にあるいは無意識的にしていたのだろう。
● 総資産の0.1%と「ビッグ・ディール」の投資
トランプ氏は投資の経験が豊富で、計算高いビジネスマンである。彼は成功を収め、巨財を築いた実業家・資産家から政治家に転身しようと決断したときから、もちろん自分自身の損得勘定を捨てたことはないと思われる。
総資産の0.1%分相当の収入を放棄し、この機会損失をどのような投資に転換し、どのような見返り・収益を求めようとしていたのだろうか。2016年9月、大統領選に先立って大統領の給料に言及した際にトランプは「not a big deal」と発言した。給料などは大したことではない。では「ビッグ・ディール」とは何だろうか。
もし、あなたがサラリーマンで1000万円の資産をもっているとしよう。あるいは少々成功した経営者として1億円の資産をもっているとしよう。では、その総資産の0.1%に相当する1万円、あるいは10万円はあなたにとって何を意味するか、その金額分の機会損失をどのような投資にしてどのような収益を求めるのか、それぞれ考えれば非常に分かりやすい。では、資産総額こそ桁がいくつも違うトランプ氏はどのような答えを持っていたのだろうか。これは難問だ。彼と同等な巨財や社会的地位をもってみないと、なかなか彼と同じ目線を持てないし、彼の胸中を察することも難しいからだ。
● マズローの欲求5段階説
人間はみんな私利私欲をもっている。この世界に果たして仁心無私の政治家が存在するのだろうか。いまの日本をみれば、答えは簡単に見つかるはずだ。トランプ氏の人物像をみても、大変申し訳ないが、彼が仁心無私の政治家とは到底思えない。むしろ私利私欲の塊という印象が強いくらいだ。
私利私欲といえば、日本的な価値観に照らしてあまりポジティブに捉えることができない。しかし、世の中の事象はすべて善悪二元論で片付けられるものではない。私利私欲も然り。これは人間という生き物が存続する限り、恒久的に随伴する本能的な要素であって、否定しようのないものである。
マズローの欲求5段階説は中性的に人間の欲求を解明する。最下段の「生理的欲求」から始まり、「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」へと上がっていく。この4段階の欲求は「欠乏欲求」という。つまり、満たされていないものが欲しい、所有したいという欲求だ。
第5段階からは本質的な変化があって、それが「自己実現の欲求」という「成長欲求」の次元に入る。ここからは景色が一変する。欠乏というネガティブ撲滅の活動ではなくなり、創造によって自己実現ないし超越的な自己実現を目指すポジティブ創出の活動が行われるのである。たとえば、「歴史を創る」あるいは「歴史に名を残す」というような欲求がまさにその典型である。トランプ氏はこの第5段階の頂上に立とうとしているのではないだろうか。
これは、トランプ氏の「ビッグ・ディール」だ。
● 恥を知らない人と金銭欲のない人
世の中で手ごわいのは、恥を知らない人、または金銭欲のない人。一番手ごわいのは、その両方を併せ持つ人だ。というのが私の持論だ。金銭欲故に恥を捨てる人はたくさんいるが、無恥故に金銭の無欲者になる人はほとんど見ない。しかし、金銭欲を超えた欲求になると、話は別だ。超越的な自己実現という第5段階の欲求の頂点に立つために、恥を捨てる必要が生まれる、そういう場面もあるからだ。そこで恥の価値と自己実現の価値を天秤にかけて後者に傾いた場合、恥を捨てることになる。これは「恥を知らない」と「金銭欲がない」という二項共存現象として表出する。
もう1つの側面は神という次元で、神には恥も欲(5段階すべて包羅する)も存在の必要がない故に、「無」という絶対的純潔さから神の存在に至高の価値を付与され、聖化されるのである。
トランプ氏を見る限り、一般人特に日本人の常識としての「慎み」や「恥」の概念に照らしてみると、少なくとも肯定的な評価は得られないだろう。だとすれば、彼は政治家としてある種の二項共存者であると言わざるを得ない。プラス思考的にいえば、神に近い存在、あるいは神とはコインの裏表の関係にある、という類の仮説が生まれてもおかしくない。
政治家の清廉とは、清貧ではない。清貧だからこそ金銭欲に駆られることも珍しい現象ではない。国家統治の観点からして、民主主義の多数決よりも、金銭的個益を度外視する賢君の独裁が合理性を有する。言い換えれば、最上段の超越的な自己実現の欲求の元で、安易にポピュリズムの罠に陥ることなく国家の全体的利益を追求する姿勢はむしろ理性的であって、為政者の「歴史に名を残す」欲求も健全な源泉と原動力になる。
God Bless America!「アメリカに神のご加護あれ」と唱えるトランプ氏。その瞬間、彼は神の代理人地位をひそかに自認している。私にはそう見えてしまうときがある。