【Wedge】札幌の鹿一頭喰い、鹿肉ジンギスカンを超えるビジネスチャンスとは?

 4月、「働き方改革」の取材で北海道を訪れた。直行便で片道8時間、北緯43度の札幌。赤道直下に住む私にとって、決して近い場所とはいえない。せっかくの遠出でなるべく効率よく仕事をしたい。昼間の仕事以外に夜も食事を兼ねて取材のアポを入れた。

● 幻の鹿一頭喰い

 札幌出張2日目の夜、「鹿一頭喰い」のハンター直営・鹿肉ジンギスカン店「とりこ」へ向かう。繁華街すすきの、南6条西4丁目の角、温泉スパのサフロを目印に東に入って50mのところ、本当に目立たない店である。しかも、小さい。カウンターの7席だけ。

 早速、鹿肉一頭喰いコースがスタート。まずは仔鹿のサーロイン刺身。ルイべで出してくれるかと思ったら、普通の刺身でまったく臭みはない。ジビエの刺身というのはやはり贅沢だ。続いて鹿レバー、タン、ハツ、ヒレ、サーロイン、内ももへと続く。最後に出されるのは、12日間熟成させた鹿肉。「肉は腐りかけが旨い」と言われるが、ジビエもその通り、熟成肉が旨い。

とりこ~仔鹿のサーロイン刺身(写真:筆者提供)

とりこ~鹿レバー(写真:筆者提供)

とりこ~熟成鹿肉(写真:筆者提供)

 食用のエゾ鹿はすべて2歳以下の仔鹿を使っている。まったく臭みがない。それ以上年を取ると、発情期を迎えた鹿にはフェロモンや加齢臭が発生するからだ。ハンターは鹿の(推定)年齢を確認しながら、獲物を仕留めるわけだ。店主の相馬裕昭氏はハンター2代目、猟に関してかなり詳しい。食べながら根掘り葉掘り質問攻めで、臨場感満点の狩猟話を聞かせてもらった。

とりこ~店主の相馬氏が肉を焼いてくれる(写真:筆者提供)

 完璧に近い鹿肉一頭喰いのフルコースだった。唯一気になるのは店名に使われている「鹿肉ジンギスカン」という名称。実際に出された品々はかなり高級感があり、これは「ジンギスカン」と称していいのか。以前知床の旅行中に、エゾ鹿のカレーを800円程度で食べさせてくれるレストランがあってびっくりした。鹿肉はこんな安いのかと店員に聞くと、繁殖し過ぎたエゾ鹿は作物を食い潰す害獣だから、安くしてでもどんどん食べてほしいと教えてくれた。正直といえば正直だが、ビジネスとしてはもう少し売り方を考えてもいいのではないかと感じた。

● 西北欧で食す鹿肉とトナカイ肉

 海外生活の長い私には、どうしても「鹿肉=高級食材」という固定概念がつきまとう。フランス料理をはじめ、鹿肉はヨーロッパでは貴族の伝統高級料理として古くから定着してきた。フランス語の「ジビエ」とは、狩猟の獲物である野生鳥獣を食材として利用することを指す。狩猟は上流貴族の嗜みとして行われ、中世のヨーロッパでは貴族が領地で獲ったジビエ肉は、優雅な宴で賓客に振舞う高級料理として重宝されてきた。

 フランスを中心としたヨーロッパの高級食材店に行くと、精肉売場のショーケースには、キジや野ウサギ、イノシシなどが並べられているが、中でも鹿肉は横綱級の高級品として扱われている。

 フランスなどの西欧諸国だけでなく、北欧へ行っても鹿肉はやはり高級料理である。数年前、ノルウェーのフィヨルド旅行の帰りに同国南西部のベルゲンという街に立ち寄った。ベルゲン滞在中の夕食は2日連続、港のすぐ傍にある「Bryggeloftet & Stuena(ブリッゲロフテ・ステューエナ)」というレストランに予約を入れた。

「ブリッゲロフテ・ステューエナ」の店内風景(写真:筆者提供)

 1910年オープン、100歳を超える老舗レストランである。近海で獲れた魚介類や北欧特産のジビエを供し、連日満席で行列をなしている名店である。2食分の献立としては、鯨肉の燻製カルパッチョ風、季節の魚貝のフリカッセ(フレンチ風煮込み)と蒸しザリガニのシャンパンクリームソース仕立て、ベルゲン名物のバカラオ(Bacalao)と干ダラのトマト煮込み、アンコウの胡椒風味仕立てズッキーニ添えといったもの以外に、肉料理でどうしても食べたかったのは、トナカイ肉。この店には、「トナカイのヒレ肉、野菜とレッドオニオン、チャツネ添え」という料理がある。

「ブリッゲロフテ・ステューエナ」のトナカイ料理(写真:筆者提供)

 人生初の食体験。トナカイは頑丈な体格をしているだけに、肉も硬いだろうという先入観を持っていた。しかし、一口食べてみると、印象ががらりと変わった。軟らかい、臭みがまったくない。味は上等な赤身牛肉に似ているが、牛肉よりも野性味があって熱とエネルギーをもらえる。北の大地で氷雪を凌ぐにはこれ以上の食材はあるまい。

 トナカイはシカ科で、その名前はアイヌ語の「Tunakkay」に由来する。司馬江漢の『春波楼筆記』には、間宮林蔵が樺太探検の話の中で、「唐太の地に、トナカヒと云ふ獣あり」と記されていることから、江戸時代に「トナカイ」の称呼が伝わったと言われている。和名の「馴鹿(じゅんろく)」とは、「飼いならされた鹿」を意味する。地理的に考えると、エゾ鹿は北海道の山林に生息しているのに対して、トナカイはより北方の氷原に棲んでいることになる。

 門外漢としてトナカイとエゾ鹿の生物学的関連性を探求する立場にはない。ただ食材として両者の類似性、あるいは商業的ポテンシャルに興味をもった。ヨーロッパでは1皿4000~5000円もするトナカイ料理や鹿肉料理だが、北海道のエゾ鹿は日本国内でその半分以下の安値で売られている。あまりにももったいない。

● 鹿肉を日本ブランドとして世界に売れ!

 エゾ鹿は、2010年度には北海道全域における生息数が約65万頭と推定され、戦後最多となった。個体数の爆発的増加により、農林業被害や交通事故だけでなく、森林や高山植物などの生態系破壊の深刻化にもつながった。そうした意味で、鹿の可愛らしい姿をしながらも、「害獣」と位置付けられるようになった。しかし、「害獣」だからと言って、安く売る必要はまったくないのである。

知床半島のエゾ鹿(写真:筆者提供)

鹿肉は高タンパクかつ低脂肪で、牛レバーと同じくらい鉄分も多く含まれており、栄養学的に非常に優れた食材である。鹿肉のカロリーは100gあたり、110kcalしかなく、300gの鹿肉ステーキを食べても、食材レベルのカロリー数はわずか330kcal。ささみと同程度の低カロリーなのだ。間違いなく健康食である。

 だったらもっと付加価値をつけて高値で売れば良いのに、なぜそれが実現できていないのか。相馬氏によると、狩猟免許をもつハンターたちは狩猟の腕がプロ級であっても、料理に関して知識を持ち合わせていない(彼は稀有な例外であろう)。鹿肉の美味しい食べ方、食べさせ方に疎い。まして、マーケティングとなると、まったくの門外漢になる。これらが供給側の阻害要因になっている。

 需要側にも問題が多い。鹿肉は、ヘモグロビンやミオグロビンといったヘム鉄を含むタンパク質を含有するため、ほかの畜肉と比較して肉の色が濃い赤となる。この赤色は血液を連想させてしまい、消費者に敬遠されることもあるようだ。この連想との関連性があるかどうか定かではないが、世間では鹿肉は「硬く匂いがきつい」という通説的評価も多い。実は鹿肉は柔らかく匂いが穏やかな肉である。昨今、血抜きの技術の向上もあり、私が食べた経験では、まったく臭みはない。

 フレンチなどのヨーロッパ系料理を見ると、鹿肉料理には多様なレシピが存在している。たとえば、鹿肉の赤ワイン煮込み、さらにスパイスやハーブの風味を加えると、完全な臭み消しになる。これを日本風の煮込み料理に置き換えることも可能だろう。シンプルなグリル系も問題ない。今回札幌で食べた鹿焼肉も大変美味しかった。しかしながら、現状として日本の場合、鹿肉がそのグレードに見合う市民権を得られていないのは非常に残念なことだ。

 海外に販路を求めるのも面白い。輸出入法制度の関門をクリアすることは必要だろうが、それに先立って市場の特定・確保や消費者の育成が第一義的な打開策になろう。たとえば、香港やシンガポール、中国。野生動物の肉である鹿肉は、滋養強壮の食材に位置付けられているだけに、高い付加価値がつきそうだ。

 中華圏以外には、ハラール食材としてイスラム市場へのアプローチも考えられる。ドバイ辺りの上級グルメ市場には、日本の北海道産というブランドを打ち出せば、これも付加価値増につながるだろう。

 エゾ鹿の害獣イメージをエレガントな日本ブランドに変える。こういう発想転換があっても良いのではないか。

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