【学会報告】不確実性の時代における企業グループ内部労働市場の流動性~コロナ禍下の人材シェアリング制度を例に

不確実性の時代における企業グループ内部労働市場の流動性
~コロナ禍下の人材シェアリング制度を例に

立花 聡(エリス・コンサルティング)

アジア経営学会第27回全国大会(オンライン開催)
報告日:2020年9月12日

1. はじめに~背景と課題

 コロナ禍の長期化に伴い、その影響により業務量に対して人員が過剰になっている企業はコロナ後の業務回復に備えリストラを極力回避している。しかしながら、災厄の終息時期が不透明であるが故に、多大な人件費(固定費)を抱え、財務的に厳しい状況に陥っている。特にグループ企業を有する多国籍企業の場合、異なる事業拠点や業務種類によって人手不足の場面もあり、そこで制度的にグループ内の人材流動あるいは人材シェアリングのニーズが生まれる。

2. 問題点

(1) 労働市場流動性の欠如

 日本企業の場合は主流として長期雇用ないし終身雇用制度を取っているため、海外のような外部労働市場(転職)における流動性があまり見られない。従来社内ないしグループ内の転勤・出向制度に基づく人事権の行使により内部労働市場を活用していた。内部労働市場とはいえ、会社の一方的辞令による異動であるが故に、本当の意味における市場メカニズムが機能しているとはいえず、人為的調整に基づく「計画経済」の範疇に属している。そのうえ、コロナ禍のような突発的な「有事」モードに対応できる性質を持ち合わせていない。

 アジアだけを見渡しても、ウイルスの変異や国境・地域管理、クラスターのコントロール政策およびその実施状況においては、国・地域によってそのばらつきが大きく、しかも時間の経過とともに流動的になっている。このため、コロナ禍下の人的資源の有効な利用、生産性の最大化においてもこれらの変化に同期連動できるほどの即時的な機動性が求められている。

 これに対して、内外労働市場メカニズムにおける相対的硬直性が際立つ日本企業は、即応しにくい状況に置かれている。さらにアジア諸国の現地拠点では、所在国の労働法令による制限を受けている。たとえば、中国やベトナムを例にとっても、職務内容や形態の調整は労働契約の変更に該当し、労使双方の協議・合意および書面変更等厳しい要件が課されているため、機動的な対応が非常に難しい。

(2) 契約の不完備性

 長期雇用を前提とする労働契約の長期的安定性と、有事即応における短期的機動性というアンチテーゼには適切な対処が欠かせない。

 「契約の不完備性」とは、将来起こり得る出来事に関して、契約上にすべてを明記することはできない状態を指す。企業が市場取引に付するか、それとも組織的取引で完結するかは、契約の不完備性の度合を評価したうえでこれを決定する。契約の不完備性に対応するには、事情の変更に伴う機敏な同期反応が要請される。この「動態的」な実情に、「静態的」な労働契約で対応するには不合理性が伴う。一方、労働契約そのものの過剰な流動性を容認すれば、企業の恣意的な労働条件の改悪にもつながりかねないため、労働者の権利保護という労働法上の基本原則に反する。したがって、「静動分離」の手法により、静態的な「雇用」と動態的な「職務(職位)」を切り離したうえで運用するアプローチに合理性を見出すことができるだろう。

3. 「雇用」と「職務」の切り離し・多重層制度

 内部労働市場の流動化要請に応えるために、労働契約の不完備性を認識したうえで、静態的契約の動態化が必要である。ただ、労働法令に求められる基本的安定性の枠組みを無視するわけにはいかない。そのために、静動態が共存しつつも、相反の生じにくい棲み分け状態が求められる。そこで、「雇用」と「職務」の切り離しが妥当する。言い換えれば、静態的な労働法上の「雇用」と動態的な民法上の「職務(職位)」の区分・切り離し、多重層制度による棲み分けである。

 たとえ終身・長期雇用の労働契約(1階)であっても、そのうえに期間限定の職務(職位)任期オプション(2階)を上乗せする。さらに最上階に成果・実績に応じて配分されるインセンティブ等の流動性要素(3階)を加え、このような3階建を基本構造とする。

 「雇用」(1階)は、「Pay to Person」として位置づけられ、もっとも確固たる労働者身分の保障であり、静態的かつ属人的な成分が強く、雇用を伴う基本給は基本的生活保障(生活給)であり、法や制度によって強く保護されている。その基本給の財務属性は、固定費である。 「職務(職位)」(2階)は、「Pay to Position」と位置づけられ、所定期間(任期)内に付与・合意された職務上の地位であり、静動混在(半動態的)で時限付きの属職(位)性的保障である。職務(職位)に対する給付は、任期内において基本的に契約合意によって保護されている。その職務(職位)給の財務属性は、固定費・変動費混在型である。職務(職位)は、任期満了によって一定の流動性を付与されている。「成果」(3階)は、「Pay to Performance」と位置づけられ、所定期間(任期)内の実績や成果によって評価され、給付される評価給や賞与であり、動態的要素として保障されない。その財務属性は、変動費である。

 要となる職務(職位)任期オプションは、職務(職位)契約により運用される。通常は1年前後という短期契約であり、コロナ期間中に、最悪の場合職務(職位)が提供されないため、従業員に他の人手不足職務(職位)への誘導インセンティブが設定され、社内・グループ内の労働市場メカニズムが作動し、人材の流動が促される。状況の変化により、人材の需要と供給も連動して最適化する。本人の意思・志願と受け入れ先(職務・職位)の需要のマッチングという「志願型転勤・出向制度」となり、従来の受動的異動から従業員の主体性に価値が移行する。同時に、希少資源である人材ほどより高く評価され、多能職人材ほど特にテレワークの普及により複数の業務の引受けが可能になり、不況や有事時でも収入が確保でき、モチベーションの向上につながる。グループ企業にとってみれば、内部労働市場のリソース配分の最適化、固定費の削減と変動費の相対的比率の向上により、コロナの長期化リスクを含んだ不確実性の時代を生き抜くサバイバル力が強化される。

● 参考文献
エリス・コンサルティング社内データベース〔2018〕
董保華・立花聡〔2010〕『実務解説 中国労働契約法』中央経済社
野田進〔2000〕『労働契約における「合意」』日本労働法学会編「講座21世紀の労働法第4巻・労働契約」有斐閣
江口匡太『労働者性と不完備性』日本労働研究雑誌2007年9月号(No.566)

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