量子格差の将来、「最適解」はなぜ恐ろしいか?

 従来のコンピュータ、つまりの「0」「1」という世界を超越したところに、量子コンピュータがある。億単位ないし兆単位のパターン(組み合わせ)から瞬時に最適解をはじき出す。最強の暗号化技術をコアとするブロックチェーンすら撃破できる。そんな化け物のような世界がやってくる。

 量子コンピュータの商用化までは、あとどのくらい時間がかかるかと調べると、わずか数年後に本格化が始まり、2030~2040年頃には世界が量子コンピュータに取って代わられているという。社会学の視点から、地球や国家、社会、産業がどう変わるかというと、まず「量子格差」が深刻な課題となろう。

 とりわけ私が携わっている経営コンサル業界は、典型的な「最適解を探す」領域である。AIのパターン化、量子コンピュータによる瞬時の最適解検索が可能になれば、人間コンサルタントは不要だ。人間より迅速かつ正確な「最適解」をはじき出してくれる量子コンピュータがいいに決まっている。

 一方では、「最適解」それ自体が人類、特に日本人にとって大きな社会的脅威になり得る。なぜかというと、今の日本社会は、最適解を排除することで成り立っている部分が大きいからだ。

 たとえば、10人でやってきた仕事があるとしよう。そこで、量子コンピュータが介入して、この仕事はわずか2人で完遂できると分かったとき、つまりその最適解は、8人を解雇することになる。しかも、量子コンピュータが残る2人と去る8人を特定してくれる。すべてが最適解である。このような最適解はこれまでの日本社会に普遍的に拒絶され、最適解を求める議論すら忌避されてきたのである。

 これらの要素を折り込んで、もしや量子コンピュータがある最適解を出してくれるかもしれない。それはつまり、日本社会には、最適解を求めないことが最適解である。であれば、最適解を追い求めることを最適解とする諸外国から取り残される。少なくとも物質面では、日本は貧困国・弱小国に転落することは間違いない。

 無論、貧しくても弱くてもよく、精神的な豊かささえ保てばいい。それも1つの選択肢だろうが、日本人にはそれができるのか、答えは自ずと見えてくる。格差を心底から嫌う日本人には、等しい貧しさが最適解になる。こればかりは、量子コンピュータの計算がなくても、明確な答えが見えている。

<参考> テレ東経済ニュースアカデミーの『量子コンピュータの実力は』(前編)(後編)

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