「愛の夢」と「愛の現実」

 フランツ・リストのピアノ曲『愛の夢(Liebesträume)』は、誰もが知っている名曲。この曲は実はもともとソプラノ向けの歌曲として作曲されたものだった。何よりも、歌詞に興味が沸く。

 その歌詞は、ドイツの詩人フェルディナント・フライリヒラート(Ferdinand Freiligrath 1810-1876)が創作した「O lieb, so lang du lieben kannst!(おお、愛しうる限り愛せ)」という詩が用いられている。

 おお 愛しなさい、君が愛せるだけ!
 おお 愛しなさい、君が愛したいだけ!
 その時は来る、その時は来る
 君が墓の前に立って歎く時が
……

 この冒頭の一節。少なからぬショックを受ける。

 「愛の夢」などではない。「愛の現実」ではないか。「墓の前に立つ」という現実。「愛の夢」という題でロマンチックな夢想に陶酔するのではなく、過酷な現実に引き込まれてはじめて夢の真義を理解する。愛の夢とは夢に過ぎない。しかし、その実態に幻滅することはない。肝心なのは、夢の見方(見る方法)である。

 愛は別れるためにあるものだ。別れを前提にどのように愛するか。悔いの残らない愛とは何か。残酷な別れの現実を考えれば、自ずと答えが出てくる。そうした哲学を教えてくれている。

 音楽、芸術は常に哲学とつながっている。

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