【世界経済評論IMPACT】アンワルはトランプの二の轍を踏むな!マレーシア新政権の課題

<前回>

 国民が狂喜するなか、マレーシアに新政権ができた。マレーシアの政治を、私なりにまとめてみた――。

 マレーシアのアンワル新政権は、建国以来初のマレー人による「非マレー政権」とみなされている。ある意味で実質的華人政権といっても過言ではない。ただそこで絶対に誤解があってはならない。非マレー系、あるいは華人系政権だからといって、決して華人とマレー人の対決ではない。これは、過去と未来の対決だ。

1. 華人に対する差別

 マレーシア建国以来の60年近くは、マレー系が政権を担当してきた。ブミプトラ政策と称するマレー人優遇政策はひとえに弱者保護の正義に立脚しながらも、華人など非マレー系を不当に扱ってきた。私のフェイスブック記事に寄せられた華人のコメント要約(一部補足)を紹介する――。

 「大学なら、華人はマレー系と同一入学基準でなく、同じ点数でも入学できない。土地・不動産なら、マレー人にしか適用できない格安の物件(Bumi Lot, Malay Reserve Land)は、華人は買えない。ビジネスとなれば、華人の経営する会社は、より多くの税金が取られる…等々。華人はマレー系と平等に扱われるために、何十年も我慢しながら戦ってきた」

 「世の中、ほとんどの国は、同じ国民なら平等に同じ扱いを受ける。しかしマレーシアは違う。自然災害もなく、文化の多様性など諸条件に恵まれるマレーシアはなぜ、発展しないのか?優秀な若い華人は海外に活路を求め、欧米の大学に行く。卒業後帰国したくても、就職差別で帰れず、海外に残る。人材がどんどん流出してしまう」

2. 弱者救済の方法論

 ブミプトラ政策に関して、歴史的・文化的・社会的背景、諸事情を考え、適度のマレー系優遇は、私は必要だと思う。ただ優遇の方法論には議論する余地がある。インセンティブ設置の傾斜によって人材や資本の流出、ひいてはマレーシアの国益毀損となれば、マレー系国民にも大きなダメージである。

 マレー系に対する特別ケアは必要だが、どの段階でどのような形で行うかが課題だ。今の時代では、まず「機会均等」というルールの公平性が必要だ。次に、そこで形成された経済的格差を是認する。最後に再分配の段階における調整は、基本的にノブレス・オブリージュの原則に則るべきだろう。

 ノブレス・オブリージュ(Noblesse Obliger=貴族・強者に義務を負わせる)とは、日本語で「位高ければ徳高きを要す」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には義務が伴うことを指す。強者が弱者を助ける方法論として捉えたい。

 今のマレーシアでは、「強者の弱化による弱者救済」という形を取っているため、最終的に「全体弱化」に至っている。これからは政策の調整が欠かせない。

3. 民族対立を煽る腐敗層

 一番の問題はここだ。純粋なマレー系救済ならまだしも、腐敗が政治を侵食し、権力の座に就く輩はマレー系からも華人系からも貪欲を貪って無差別に不正に搾取してきた。このような不正を是正すべく批判し取り締まりに手を付けようとすると、この人たちはすぐにある「大義名分」を持ち出す――。「マレー人は団結して権利を守ろう」と。

 仮想敵を作る手法は、どんな時代においてもどんな政治・政治家にも適用する。華人が仮想敵に使われてきたのである。民族の対立を煽りながらも、腐敗しきった為政者たちは決してマレー人の利益など代弁するつもりは毛頭ない。ついに多くのマレー人もこの真実を見抜き、目覚め始めたのである。

 アンワル新政権に最優先課題があるとすれば、この腐敗層の徹底排除である。刑務所を増築してでも、連中を放り込まなければならない。マレー人と華人は互いに敵ではない。本当の敵は、マレー人と華人の対立を煽り、漁夫の利を得てきた輩である。もう二度とその罠にはまってはいけない。

4. 新政権の課題と難題、アンワルの弱点

 Do the right things, Do the things right.

 後者が前者よりはるかに難しい。適応型課題技術型課題よりはるかに難しい。正しいことはわかっているが、正しく実施するには高度の技術と芸術(適応力)が必要である。その辺はもしやアンワル氏の短所なのかもしれない。

 アンワル氏が24年も苦闘してようやく首相の座に登りついた。その主な原因の1つは、氏の「適応型課題」の対処・解決力が相対的に低いところにある。氏は愚直に正論(Do the right things、技術型課題)に固執し、正論の推進・実現にあたっての方法論(Do the right things right、適応型課題)を軽視してきたように思える。

 正論をドラスチックに無慈悲にやっていくと、どんどん敵が増える一方だ。最終的に敵にやられてしまう。トランプもそれでホワイトハウスから追い出されたのである。

 今回、アンワル氏の当選は、幸運である。立憲君主制下のマレーシア国王(アゴン)の知恵と英断、そしてムヒディン氏が国王の大連立提案を拒否したという愚挙(失点)があっての勝利と思ったほうがいい。氏の政権基盤は決して強健なものではない。既得権益層・反対勢力は必ず反撃を仕掛けてくる。

 それらに潰されないように、トランプの二の敵を踏まないように、支配者としては「技術」だけでなく、「芸術」も学ばなければならない。

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