● 強者と弱者と神様
1人の大谷(翔平)が勝ったのは、日本人だからでなく、大谷だからだ。
千万人の日本人が負けたのは、1億の日本人と同じことをやるからだ。
地球上は、強があっての美のみ。弱の美は負けを正当化するための遠吠えにほかならない。
謙虚とは、敗者の美徳でなく、勝者の特権である。
平和とは、弱者の美徳でなく、強者の特権である。
弱者は自己美化し、強者を醜化する。アメリカは、なぜ中国を醜化し始めたかというと、中国が強化され、米国が弱化したからだ。
私は強者を謳歌しながらも、自分がいつ何時弱者に転落してもおかしくない。それは、人間なら誰もがいつ何時病や貧困、失敗が訪れてもおかしくないからだ。弱者を美化すべきではない。
私自身も人生3度どん底に陥ったことがある。それは単に私自分の能力不足、努力不足、運不足にすぎない。その時、跪いて強者に救済を求めた。幸いにも100人中に1人くらいは助けてくれた。その1人とは「もう1人の自分」である。
「もう1人の自分」とは、自分を守ってくれる神様なのだ。英語で「My God」というのはその自分の神様なのだ。自分の神様に出会った時点で信教する必要がなくなる。聖書もお経も要らない。
信仰があれば、宗教は必要なし。私の中に神が生きているからだ。でも、自分の神に出会えなかったら、宗教産業の既製神の世話にならろ。信仰なしでは人間は生きていけないからだ。
● GPT時代
ChatGPT時代は、人類を二分する――。
より頭が良くなるグループ。彼らはAIのできない仕事をし、ますます考えるようになる。
より頭が悪くなるグループ。彼らはAIに仕事を持って行かれ、ますます考えなくなる。
それによって経済的格差がさらに広がる一方。最終的にベーシックインカムを導入する。それ以外に方法はない。大リストラ時代の幕開け。AIの非暴力革命だ。
日本人が「資格」にこだわるのは、職人意識以外に、一種の保証を求める心理から来ている。日本社会に「○○士」が溢れている。その結果、「資格産業」が立派に成長してきた。昨今、士業の頂点に立つ弁護士や一部の医師までAIから脅かされる時代に、資格取得よりもサバイバル基礎体力をつけたほうがよほど役に立つ。
そして国益は、嘘つきの政治家よりもAIに聞いたほうがマシだ。
● 日本とベトナムは似た者同士
産業革命以降、英国→ 米国→ 日本→ 韓台星港→ 中国→ ベトナム、「世界の工場」が移動した。製造業が移出してからなお繁栄を保つには、金融、ハイテク、軍事という3つの産業が欠かせない。これらの国の中に3産業の1つも持っていないのは、日本とベトナムだけ。だから、日本は衰退しているし、ベトナムの繁栄も長続きしない。
というのが歴史のメカニズムだ。中国は今、まさにこの3産業に懸命に注力している。基幹産業を持たない国は、発展しない。
ベトナムは、基幹産業を持たない。
日本は、基幹産業を失った。
ベトナムには、限界が見えている。
日本には、限界が来ている。
ベトナムには、限界を超える力がない。
日本には、限界を超える意志がない。
ベトナムは、米国に勝ち米国を利用して利益を得ている。
日本は、米国に負け米国に利用されて損をしている。
仕事が見つからないという日本人がこんなにたくさんいるのに、なぜ、「外国人人材」を輸入しないといけないのだろうか。外国人が人材で、日本人は人材でないというのだろうか。
ものづくりの国は、ものをつくらなくなったら、餓死する。肉体労働をしよう、日本人よ。
● 本物のお金持ち
私の知っているハイエンドや富裕層は誰もが住むところや行くところを、海抜高度で示し、ステータスを誇示する人はいない。そもそもタワマン高層階とか、百万ドルの夜景を自慢する人のほとんどは、悪いが、貧乏人(心の貧乏もある)の表現にすぎない。
そもそも野村総研が資産1億円を富裕層の基準値にするのは、貧乏日本ならではの指標にすぎない。ゼロが最低でも1つは違っている。世界に笑われるぞ!
浮浪者がマクドナルドで頬張る人のことをお金持ちだと思う心情はよくわかる。1億円など、本当の富裕層の1日のお小遣いだ。では本物のお金持ちはどうのようにステータスを示すかというと、寄付がどのように役に立つかを示すのが一例だ。決して自分がどうお金を使うかでなく、自分のお金を他人にどう使ってもらっているかを示すことだ。
そういう本物の日本人のお金持ちは少ない。それは日本人のお金持ちが下品でなく、日本社会が下品だからだ。寄付とは権利だが、日本社会はそれを義務と捉えているのだ。お金持ちが貧乏人にひざまずき、懺悔と共にお金を差し出すとは、冗談じゃありません。