原爆の日に沈黙する「保守」、王道不在と親米保守の邪道化

 今日は8月6日、原爆の日。まずは黙祷。

 広島に原爆が投下されたこの日、日本人にとっては「国家の受難の日」であると同時に、「国家の尊厳と記憶」が試される日でもある。だが今日、多くの「保守」と称される人々が、この日に沈黙を貫いている。アメリカへの遠慮からか、原爆投下の正当性に触れようとせず、慰霊と平和の言葉だけを並べる。だがそれは本当に「保守」と言えるのか。

 原爆とは、無差別・非人道的な大量殺戮であり、しかも民間人を対象とした国際法違反の戦争犯罪である。真の保守が国家を思うならば、その暴虐に対してはっきりと抗議し、記憶の継承を誓うはずである。にもかかわらず、現代日本の保守は沈黙し、アメリカへの批判を避ける。その姿勢こそが、「思想なき保守」「従属的保守」である証左である。

 このような歪んだ保守は、戦後GHQの占領政策の中で形成された。「保守」とは名ばかりで、実態は吉田ドクトリン以降の「経済成長と引き換えに主権を棚上げした対米従属路線」に過ぎない。戦後日本の与党・保守本流はその延長線上にあり、「アメリカを守ることで日本を守る」という逆転した論理を内在化してきた。

 本来の保守――王道保守とは、「国体の尊厳を守り、他国に屈せず、歴史を歪めず、誇りを持って生きる思想」である。原爆投下という最大級の国辱に対して正面から向き合い、「戦後体制からの脱却」を訴える気概こそ、真の保守に求められる。靖国神社を語りながら、原爆には言及しない。これでは精神の整合性が保てない。思想としての保守は、もはや自己矛盾の泥沼に沈みつつある。

 日本では「反米」と言えば即座に「左翼」とされる。しかし、それこそが戦後言論のフレーム操作である。反米とは「アメリカを敵視する」ことではなく、「日本の独立を回復し、対等な関係を築こうとする」姿勢に他ならない。

 たとえば思想家・西部邁は、アメリカとの対等な外交を訴え、親米保守を「思考停止の信仰」と痛烈に批判した。その系譜は、一部の孤高の言論人や、復古的国体論者に細々と受け継がれているが、政治の主流には遠い。

 本来ならば、原爆の日こそ「保守」が主導して追悼と抗議の意志を明確に表明すべきである。この日を祈りと鎮魂だけで終わらせてはならない。国体を破壊され、精神を蹂躙された日として記憶し、それを乗り越えるための「戦後からの脱却」の原点とせねばならない。

 私は右からも左からも批判される。

 思想とは本来、問いであり、姿勢であり、生き方である。だが現代において、それは「立場」や「ラベル」に回収される。右か左か、保守かリベラルか――。そのどちらにも属さず、あるいはどちらの矛盾も指摘しようとする者は、たちまち「敵」とされる。

 私の原爆反米論。右からは、「日米同盟に楯突く反日分子」と見なされ、左からは、「被害者意識に酔う歴史修正主義者」と断じられる。言葉は尽く誤解され、思想は矮小化され、意図は捻じ曲げられる。

 それでもなお、「問い続ける者」は黙らない。

 8月6日、原爆の日。この日を「祈りの日」として扱うのは容易い。しかし、あえてそこに「怒り」「問い」「矛盾への直視」を持ち込むと、空気は一変する。

 右派は沈黙する。アメリカへの配慮がある。対米従属の保守には、原爆投下への正面からの批判は都合が悪い。左派は警戒する。日本が被害者であることを強調すれば、加害の歴史が忘れられるのではないかと。日本人が「かわいそう」と言い始めると、ナショナリズムの温床だと疑い始める。

 ここに、日本思想の袋小路がある。

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