しもべと神、感情労働大国ニッポンの実態

<前回>

 この世の中は、ほんの一握りを除いて、大方の人は、消費者であると同時に生産者でもある。消費者と生産者は実は、切り離せない運命共同体なのだ。「お客様は神様」というが、神に仕えるのは、しもべないし奴隷であることを忘れてはいけない。

 日本人はしもべと神という2つの仮面を同時に有し、時と場所によって付け替えているのだ。例を挙げよう。

 日本人はなぜあれだけ酒好きで、仕事を終えたら、安い居酒屋に駆け込むのか。気分転換、いや、身分転換のためだ(もちろん、他の要因もあるだろうが)。昼間に会社でしもべや奴隷を勤めながらも、せいぜい終業後にはひと時だけでも神の気分や身分に切り替え、精神的バランスを取り戻したい。

 上級サラリーマンには、居酒屋よりも上等な場所がある――キャバクラ。そこで夜の仕事をしている女の子が、昼の仕事をする男のしもべになる。その連鎖はさらに延伸する。キャバ嬢のしもべになるのは、ホストクラブのホストたちだ。「ホストという仕事は、キャバ嬢の何倍も大変だ」と業界の人がいうが、ホストは実は「食物連鎖」の末端にあるからだ。

 コロナで禁酒令が出て、レストランや飲み屋が困ってしまう。日本社会における「酒」や水商売の存在意義と位置付けを理解すれば、疑問が解けてくる。

 しもべと神、生産者と消費者。2重の身分を持ち合わせる日本人は、しもべが神に仕え、生産者が消費者に仕えるという相互関係に慣れ親しみ、世界に誇るハイレベルの財や、何よりもおもてなしと名付けられるサービスを創り出した。海外のどこにいっても、しもべ式のサービスを受けることはあるまい。消費者と生産者は、あくまでも平等な関係(多少の愛想があっても)に立った商取引に徹しているだけ。

 感情労働、肉体労働や頭脳労働以外にある第3の労働である。感情労働とは、企業(生産者)の顧客である消費者に対して、心理的にポジティブな働きかけをして報酬を得ていく労働を指す。求められる一定の感情表現があり、その表現が業務の質や成果を決める。

 日本人の感情労働は、対顧客だけでなく、いわゆる社内顧客(上司や同僚)に対しても遜色がない。共同体の空気を読む力の育成は、感情労働の基礎体力づくりだ。空気が曖昧だった場合は、忖度技術が芸術へと昇華する。

 日本人は感情労働に多大なエネルギーを投入しているだけに、ストレスを溜めこむ。そのストレスの発散には、更なる別の感情労働に対する消費ニーズが生じる。

 感情労働を不得意とするITやAIが日本社会でなかなか優位に上り詰められないのも、このためである。

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