愛犬・愛猫の健康管理、原理原則を決めるのが飼い主の責任だ

 夏休みの読書リストに、ペット治療関連の本が数冊入っていた。愛犬・愛猫の加齢に伴い、健康管理や治療における原理原則・方針をしっかり定めておくのが飼い主の責任である。

 人間と違って、健康管理や治療に関しては、形上では飼い主が代理の意思決定をしなければならない。ただ、人間はどこまで動物の感受や意思を正しく察知し、反映できるのか、甚だ難題である。

 動物どころか、人間自身でも、多くのジレンマを抱えている。健康に生きるに越したことはないが、それが万が一難しくなってきたとき、単なる延命か生活品質QOL(Quality of Life)重視か、優先順位の決定は、まさに個人の価値観に頼らざるを得ない。

 動物を愛する飼い主が人間側の立場から延命決定を下した場合、動物にとって堪えられぬ苦痛になったりすることもある。大切な時間という概念の捉え方、動物の感受と意思を知り、それを尊重することが何よりも大切だ。猫の場合、死期を悟ると静かに死を迎えるために隠れたりもする。よく聞く話だ。

 死生観という言葉。「死」が前に来ていることから、「死に方があっての生き方」を意味する。健康に生きるために知っておかなければならないことがある。

 動物も人間も同じ。医療産業は、基本的に「治療」を前提に、「治療」で利益を上げる産業である。しかし、そのまえに、治療が必要か、どのような治療を施すべきか、という前置課題があることを忘れてはいけない。それはほとんどの医師や獣医師が語ってくれない。われわれ当事者自身がまず直面すべき課題だ。

 昨今、盛んに語られてきた医原病や過剰治療の話。たとえばガンの三大療法をめぐってもいろんな議論がある。思うに、どっちが正かどっちが誤かというものではない。立ち位置や目線の置き方によっていろんな正解があるのだから、争う必要はない。

 大切なことは、自分なりの答えを用意することだ。

 獣医師や動物病院は、ペットの健康診断、ワクチン接種、そして何よりも治療、さらにペットフードの代理販売などによって収益を上げている。そのほとんどが、飼い主のペットに対する愛情を基礎にしているが故に、落とし穴にはまりやすい。

 そこで、原点が問われなければならない。本当の愛情とは何か。単なる生命の長さか、一緒にいる時間の濃密さか、あるいは両方なのか、その相互関係はどんなものか、良い出会い方だけでなく、良い別れ方とは何か、さらにずっと心の中で一緒に生きる形とはまたどんなものか……。

 具体的な話になると、家族の一員である愛犬や愛猫に何をするべきか、何をするべきではないかを考えたい。病気にならないように、何よりも体内外の接点である食事、水、空気、薬、身に付けるものといったところが最重要だ。

 我が家では、手づくり食のレシピ・組み合わせの調整作業に取り組み始めた。もう1つ重要な決定は、高齢化した愛犬や愛猫のワクチン接種をやめることだ。

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