世界は美しい、阿部美奈子先生のグリーフケアから学ぶ

 マレーシア在住の友人であり、獣医師・動物医療グリーフケアの第一人者である阿部美奈子先生から、新著『犬と私の交換日記』を恵贈いただいた。

 ペットロス。もはや犬・猫という動物の次元を超えて、愛する家族をなくした人の悲しみは、言葉で表すことができない。深い悲しみから立ち直ることもそう簡単ではない。私自身は愛犬家で、友人がペットをなくしただけでも、悲しくなるのだ。その人とその愛犬・愛猫の関係やお互いの思いを考えていると、赤の他人であっても、悲しくなる。

 グリーフ(grief)は、「悲嘆」と訳され、一般に、死別などの喪失による深い悲しみや悲痛を意味する言葉である。失われた者との絆や愛情が深ければ深いほど、喪失感が強く大きくなり、悲しみも深くなるものだ。ただ、その範囲は広範であり、喪失による感情的な反応を超えて、身体的、認知的、行動的、社会的、文化的、精神的、哲学的な側面にも及ぶ。

 グリーフとは、実際にペットがなくなったとき(以降)だけでなく、なくなることが予想・予測されたとき、なくなるイメージが湧いたときから発生するものだ。

 問題はここ。愛犬(愛猫)の病気や治療に気を取られた飼い主は、寡言になったり、笑顔を失ったり、いつものように愛犬の名前を呼ぶことも、話しかけることも、体をなでることも少なくなったりすると、犬はこれを感知し、病気の苦痛以上に悲しくなる。自分が悪いことをして飼い主が怒ったのではないかと思い込んだりする。犬は、いつもの日常を失ったことを感じ、グリーフに陥る。

 人間と愛犬(愛猫)、そして、人間と人間。いつか分かれるときが必ずやってくる。病や苦痛、別れ、誰もが逃れることはできない。医療は命を延ばすこともあれば、存命中の苦痛を増やすこともある。結果的に、われわれは人間と動物の全体的幸福の質や総量に目を向けなければならない。

 阿部先生は獣医師でありながらも、治療そのものよりも、視野を飼い主と愛犬(愛猫)の関係に広げたところで、自ずとその視座が一段も二段も高いものになる。人間も動物も幸福のために生きているのだ。この原点を見つめ直すと、景色もいささか変わってくる。

 世界は美しい。

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