水野氏への反問と反論

(1)中国GDP報道が誘導的扇情的か?

 コンサルタント水野真澄氏のブログ記事「2014年04月17日 中国投資をどう考えるか」を拝読し、これは一つの目線ではあると思いつつも、異なる目線からの反問と反論させてもらいたい。

 氏の冒頭の論述――

 「中国の第一四半期のGDP伸び率が7.4%との発表があった事で、報道では、「1年半ぶりの低い伸び」、「景気減速が鮮明に」という文字が躍っており、随分、誘導的・扇情的な記載だな、と思って眺めていた。7.4%(年間目標値7.5%とのかい離0.1%)という数字が目に入った時の、僕の直観的な印象は、「高いな」というものであったが、それは、(2013年の数字だが)日本(1%台)、香港・韓国・台湾・豪州(2%台)、ベトナム・インドネシア(5%台)と比較したもの」

 まず、「1年半ぶりの低い伸び」、「景気減速が鮮明に」という報道のどこが、「誘導的・扇情的」だろうか?では、水野氏の評価として、7.4%の伸びが「高い」というのは、「誘導的・扇情的」ではないといえるのだろうか。

 私が検索すると、確かにいくつのメディアではこのような報道が確認されている。その筆頭に、ロイター通信社が、「第1四半期の中国GDPは7.4%に減速、1年半ぶり低水準」と報じている。ロイターの報道は、果たして水野氏が指摘しているように、「誘導的・扇情的」であろうか。

 4月16日付の「ウォール・ストリート・ジャーナル」では、「中国の1-3月期の国内総生産(GDP)は前年同期比7.4%増と、2012年9月以降で最も低い伸び率となった」と報じ、「数字水増しと見るエコノミストも―中国GDP」と題された記事が掲載された。これも、「誘導的・扇情的」であろうか。

 何人かの市場関係者、専門家の発言を見てみよう――。

 ロイヤルバンク・オブ・スコットランド(RBS)のルイス・クイジス氏 ~「事前予想よりはやや良かった。また市場関係者が最も恐れていた数字よりも良かった。とはいえ、減速には違いない」

 オーストラリア・ニュージーランド銀行(ANZ)のリュー・リガン氏 ~「私は国家統計局が発表した数字は、少し水増しされていると思う。だが現実には、経済は目立って減速しており、当局は中国経済の減速ペースが市場予想よりも大きいことを示すべきだったと思う」

 調査会社キャピタル・エコノミクスのジュリアン・エバンズ・プリチャード氏 ~「重要な指標の成長率は持ち直しているものの、今四半期のGDP速報値はさらに減速していくものと予想する」

 こういったコメントも、「誘導的・扇情的」であろうか?

 そして、中国のGDPと日本や香港、韓国などの他国と比較することはできるのだろうか。4月17日付けの毎日新聞の論説「中国の成長鈍化 改革の痛みにひるむな」では、こう語っている――。

 「中国経済に試練の兆しが見えてきた。今年1~3月期の国内総生産(GDP)が前年同期比7.4%増と1年半ぶりの伸び率に鈍化したのだ。同7.7%増だった昨年10~12月期に続く減速である。日本など先進国から見れば、うらやましい成長率だが、『7.5%前後』を今年の目標に掲げる中国政府にとっては、今後、黄信号がともりかねない情勢と言える。待ったなしの経済改革を進めるうえで、景気の減速は向かい風となり得るからだ」

 これらのメディア報道や論説が、「誘導的・扇情的」であろうか。それとも、水野氏の「直観」である「高い」が、「誘導的・扇情的」であろうか。

(2)中国GDP伸び率と投資収益の関係

 中国の今年第1四半期のGDP伸び率7.4%について、そのデータの信ぴょう性や水増しの有無はさておいて、さらにそれが「高い」か「低い」かということもさておいて、その中身が均衡がとれていて健全なものであろうか。これを少しのぞいてみよう。

 まずは消費。今年第1四半期の小売総額は前年同期比12%増で、昨年通年の13.1%から鈍化している(「鈍化」という表現も、「誘導的・扇情的」だろうか)。第1四半期の新車販売台数も昨年の2ケタ増から鈍化し、9.2%に落ち込んだ。

 次は投資。今年第1四半期の固定資産投資は、17.6%増と、これも昨年通年の19.6%より鈍化している。更に工業生産や電力消費、いくつのコア・ベンチマークを見れば、軒並みの低迷ぶりが紛れもない事実である事が分かる。このように、数字に裏打ちされた事実の報道は、なぜ「誘導的・扇情的」だといわれるのであろうか。

 ふと気がつくと、水野氏の記事の見出しは、「中国投資をどう考えるか」であって、中国のGDP伸び率と中国投資の関係を論述するものであった。GDP伸び率が高く、市場が有望である。だから、投資すれば、利益が出る。この因果関係は果たして成立するのか、少なくとも必然的帰結とはいえないだろう。中国のGDP伸び率と日本企業の中国投資の収益率の因果関係を示唆するデータがあれば、是非拝見してみたい。

 13億人の市場、日本経済の中国依存・・・。もし、メディアの誘導や扇情があるとすれば、むしろ進出の煽動ではなかっただろうか。13億人の市場はどこにどの形で存在しているのだろうか。少なくともセグメンテーションという意味で、総量規模的な定量化はナンセンスでいささか、それこそ誘導的、扇情的であろう。

 さらに、日本経済の中国依存度。中国社会科学院日本研究所経済室主任の張季風教授が、「日本経済の中国経済に対する依存度が想像していたほど高くない」と指摘したように、マクロレベルでは依存度の高さを示唆する根拠が少ない。

 ただ、個別の企業レベルに至っては、依存度の高いものは確かに見受けられる。たとえば、水野氏や私のようなコンサルタント、中国に投資する日本企業を顧客とする以上、中国依存度が異常なほど高いものである。正直、日本企業が撤退せずに、どんどん中国に投資してくれたほうが利益になる。ただ、われわれが顧客とする日本企業は、果たして中国依存度の高い企業であるかどうか、客観的に評価しなければならない。たとえ中国依存度の高い企業であっても、その依存度が高いまま放置していいかどうか、これも評価しなければならない。そのうえで、適正な助言を提供する。

 「中国投資」は単なる手段に過ぎない。コストや収益性、特に潜在的コストに注目するのが最重要ではないだろうか。

(3)在中日系企業の黒字、その真実とは

 水野氏がJETROが発表した一連のデータを取り上げた。いずれも大変有意義なデータである。ただ、企業にとって大変重要な一つのデータが抜けている――取引コスト。誤解のないように、決してJETROを批判するわけではない。このデータは、JETROの集計射程内になく、また集計できないものでもある。

 前回、水野氏の記事をめぐって議論したときも、私は同様に、この取引コストを指摘していた。企業にとって、投資コストを吟味するうえで、JETROのような第三者機関や専門業者の参考データを取り入れながらも、自社にとっての取引コストについて徹底的に調べ上げる必要があるからだ。

 私が拙著「実務解説 中国労働契約法」の序章に、冒頭から「中国の取引コスト」を指摘している。要するに、顕在的コストと潜在的コストを総合して考える、管理会計的な思考回路である。

 明確にいうと、JETROデータを鵜呑みにしていいかどうかの問題を別として、JETROの「投資コスト」に記載されていないコスト、――取引コスト、そこに注目してほしいということである。

 財務会計のほかに、別枠で「管理会計」という「ダブル・スタンダード」が必要だ。であれば、「中国の日系企業実態調査」の「実態」はどこまでの実態なのか、吟味する必要性が出てくる。

 率直に申し上げると、その調査結果に挙げられた「黒字企業」の「黒字」はどのような黒字かというところに、私なりに疑問を持っている。

 (補足:本文をブログとFacebookに掲載したところ、ある日系企業の経営者から、私に次のようなコメントを寄せられた:「そもそも、JETROのアンケートに答えたのが黒字企業ばかりではないか、それどころでない企業はまず答えないだろう・・・」。このコメントは未検証だが、新たな問題が提示された。調査対象外の企業、調査に未回答の企業の経営状況は把握できていないことだ。黒字だろうか、赤字だろうか)

 ひとつ小さな例を挙げると、駐在員の給与。日本人駐在員の給与は全額、中国の現地法人に計上しているのだろうか。日本国内で支払っている国内分の賃金や社会保険料だけでなく、退職金の積み上げなど、そうした費用を日本本社が肩代わりに負担していないか。

 研究・開発費にとどまらず、技術や経営における本社のサポート費用に関しても同じだ。本社経費として計上しているものについて、中国現地法人が費用の分担をしているのだろうか。完全かつ正確に分担しているのだろうか。たとえば、日本本社海外部や中国室が弊社と結んだコンサルティング契約についても、その顧問費は日本本社よりも現地法人が負担すべきものであろう。

 さらに、中国現地の労務費になると、それは私の担当分野で常に管理会計的アプローチで試算しているのだが、直接に目に見えないコストは巨大なるものだ。私の母校であるビジネス・スクール中欧国際工商学院(CEIBS)の劉吉院長(当時)がこう指摘する――。 「一つの企業が30%の利益を出せたら、大したものだ。労働契約法の施行によって、コンプライアンスだけで、企業のコストは20%から30%アップした。これは、直接コストで、見えない間接的なコストを折り込むと、計算もできなくなる」

 彼のこの指摘は、果たして「誘導的・扇情的」であろうか。JETROの統計数字である「黒字企業」の「黒字」は、どのような黒字か、また企業経営にとってどのような意味合いをもつか、よくよく吟味する必要がある。

 そして、現状の最新データ――。世界一の規模を誇る上海日本人学校の小・中学部で、児童・生徒の総数が計2791人となり、昨年(2013年)4月時点と比べて約260人減少した。前年(2013年)同月に比べ、虹橋校の児童数は126人少ない1412人、浦東校の小・中学部は133人少ない計1379人になった。日本人学校で初めての高校として11年4月に開校した同校高等部の生徒数は前年同月比10人減の124人となった。(4月15日付、以上情報ソース、数字はいずれも「共同」引用)

 このデータは何を意味するのか。

 中国のGDP伸び率、JETRO統計の黒字企業数、そして、日本人学校の生徒数・・・。統計データはいろいろある。企業にとってデータそのものが何を意味するか、企業がどのような目線で見るか、そしてどのように経営上の意思決定を形成していくか。それは個々の企業の経営者次第である。

 情報化時代である。世の中、情報は千万とある。ねつ造情報や、あるいは事実であっても伝え方や見方によっては「偏向」だったり、「誘導的」「扇情的」だったりするものが混在しているかもしれない。結果的に、投資失敗や経営失敗の責任をメディアになすりつけることはできるのであろうか、そして、それに意味があるのだろうか。

 情報と現実のかい離があるとすれば、それを如実に映し出し、是正していくのが、われわれコンサルタントの責務だと思う。企業経営上の正しい意思決定の形成、その企業の利益の最大化に真実と本音を語るコンサルティングとは何か、私自身も日々厳しい現実と向き合って考えているのである。

 とても優秀で、業界著名なコンサルタント、また私の友人でもある水野真澄氏のブログ記事「中国投資をどう考えるか」に対し、若干の所感を述べさせてもらった。本来ならば、以前水野氏も言ったように、この手の話はプライベートな酒席でしてもよかったのだろうが、あえてブログ等公の場で公開させていただいた。

 私の記述は自分の目線をそのまま、さらけ出したもので、失礼にあたれば真摯に謝罪したいと思っている。いつも、「水野氏は財務、立花は人事労務、良い住み分けだ」と、氏と冗談半分で言っているのだが、住み分けは継続するだろうが、たまに友好的な「領空侵犯」があってもいいのではないかと、一方的に思っている。

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