「近くて遠い国」と「遠くて近い国」

 イスラム市場と中国市場を比較してみたい。各論の展開は複雑なので、総論的な総論のところだけにしよう。

 イスラム市場、徐々に興味を持ち始める日本企業や日本人が増えてきた。情報もちらほら出回るようになった。ただ中身を見ると、ハラール認証の話がほとんどだ。ムスリムが違う食文化をもっているから、そこばっかり注目、強調してのビジネスでは視野が狭まるだけだ。

 イスラム市場の異質性よりも、同質性に着目すべきだ。

 イスラム教、ムスリムは実は、平和平等志向が強く日本人によく似ている部分が多いのである。ただアッラーという唯一神論でキリスト教やユダヤ教と相容れないところがあって、衝突に走ってしまった。が、逆に宗教面では、むしろ日本人と何ら衝突もないのである。

 日本人が一般的にイスラム教に対する親和感の欠如、あるいは疎外感はある程度、欧米発信源の情報による影響ではないかと思われる。逆に一部、欧米文化や価値観に対する類似のアレルギーや拒絶反応を、日本もイスラム教も共有しているように思える。たとえば、資本主義社会、市場原理下の競争活動やそれに伴う格差に対する認識も似ていて、総じて好意的に受け入れる土壌ではないのである。

 このような同質性に着目すれば、大分ポジティブな思考回路をもてるようになる。

 もう少しディテールに行くと、イスラム教やムスリムといえば、どうしても戒律が厳しく閉鎖的なイメージがあるが、決して一律そうではない。国や地域によって大分程度が違う。サウジアラビアのような「超」がつく戒律の厳しい国もあれば、酒も自由に飲めるトルコのような世俗的なイスラム国家も存在する。服装についてかなりばらつきがある。

 イスラム原理主義の影響が及ぼさないところ、あるいは西側の価値観を積極的に受け入れる「モダン・ムスリム」はこの世の中に確実に増えている。世俗に興味をもち、特に日本の文化(食だけではない、たとえばアニメとかも)に大きな興味や憧れをもっているムスリムも相当な数である。

 特筆すべきところは、中国市場との違いである。前述のとおり、日本とイスラムの間には、日中のような深刻な歴史的、民族的、政治的な問題は基本的に存在しない。もちろんこれらのセンシティブな要素がビジネスや経済に影響を及ぼすことも基本的にない。

 文化的には、それは日中に比べると異質性が目立つ。だからこそ、ムスリムの日本文化に対する新鮮感や憧れもある意味で中国よりはるかに期待される。漢字を戴いた日本、漢字の元祖である中国、そこの辺のトラウマ、微妙な心情が絡んでいる以上、ビジネスそのものを複雑化している。つまり同質性から生まれた負のインパクトである。このあたり、逆にイスラムと日本の文化的異質性があって都合がよいといえるのではないか。

 平たく言ってしまえば、本当は日本好きだが、好きと言えない、あるいは大嫌いと言わざるを得ない中国人消費者と、好きは好きだと素直に言えるムスリムの差である。

 日本にとって、中国は「近くて遠い国」であるのに対して、イスラム市場は「遠くて近い」国である。

 ――私自身は最近、なんとなくこのように感じたのである。だから、イスラム市場はやり方によっては、中国市場に取って代われる大きなポテンシャルをもっているのではないかと、ぼんやりではあるが、何か見えてきたのである。

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