コタキナバル(9)~旅は終わらない、一本釣りの赤い魚と中華料理の頂点

<前回>

 旅は終わらない。旅先で調達した諸々を帰還後に自宅で楽しむのは、旅の延長である。今回は言うまでもなく、シーフード。コタキナバルの水産品卸売業者から仕入れた魚介類は、国内便であるため、自由に持ち帰ることができる。早速、いただこうと。見てこの大きな魚――。

 赤いハタ(英語:Red Grouper、中国語:紅石斑魚)は、日本ではキジハタ(アコウ)とも呼ばれている。ハタ科の魚で、体に赤い斑点を持つ幻の高級魚とされ、まずスーパーにはなかなか並ばない魚である。中華の広東料理では、「斑」という名のついた魚は「時価」と表示され、軒並み高い値が付いている。

 調理法はやはりオーソドックスな広東風蒸し(清蒸=チンジョン)。香港や上海生活の長い妻の腕は、プロ級。出来上がった魚の味は、香港の高級レストランに決して負けていない。

 香港旅行に一生に一度しか行かない人に薦める中華料理があるとすれば、それは「清蒸石斑魚」にほかならない。美食家でもある開高健は著書でこの魚料理を生々しく描き、絶賛していたのだ。彼自身も香港で石斑魚の清蒸を食べて天地が引っくり返ったらしい。

 蒸し、少々甘口のタレ、白髪ねぎ…。ジュ―ッと熱した油をかける。香港ではこの「石斑(広東語:セッパン)」は中華料理の頂点と読み替えられている。ほかの食べ方はいろいろあるだろうが、一度「清蒸」を味わったら、おそらく人生が狂ってしまうように、病みつきになる。

 そして、驚いた。なんと、ご愛嬌で、魚の頭部から釣鈎(釣り針)が出てきたのだ。外し忘れたのかわざと残したのか定かではないが、一本釣りであることを誇示しているところは微笑ましい。人間である私は、すでにこの魚に釣られてしまったことを示唆している。

 ご馳走様でした。人生は旅、旅は食、食は即ち人生。生きるために食べるのではなく、食べるために生きる。――人生の哲学よりも、食いしん坊の単なる自己美化にすぎないが、旅も食もやめられない。

<終わり>

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