村落出ればそこはサバンナ、AI時代は狩猟社会への回帰

 資本主義の本質とは、私は「イノベーション」だと思っている。では、イノベーションの本質とは、それは「淘汰」にほかならない。

 AIの時代、これは避けられない趨勢だ。グローバル的にみると、日本社会が頑なにこのイノベーションに抵抗しているようにも見える。最大の問題は、雇用の流失だろう。

 でも、もう持たない。銀行の溶解を見ればわかる。従来の日本社会は、原資総量の増加に頼って全員分配ができたのだった。農耕社会はトータルボリュームの肥大化に依存していた。

 狩猟社会から農耕社会への進化と見られたのは、単に定住型の安定感・安心感に起源しているだけのことだった。ただその利便性や安心感の傍ら、人間の生きる力の衰退という退化が同時に進行した。

 AIとは、利便性の極限、つまり人間そのものの代替性に挑んだものである。その先は紛れもなく農耕社会のスラム化と狩猟社会への回帰だ。

 善悪の二元論の出番がない。意味もない。村落の囲みから一歩出れば、そこはサバンナだ。

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