上海出張の宿、花園飯店(オークラ・ガーデンホテル)の近く、延安路高架下・茂名南路交差点北西側に小さな羊鍋(しゃぶしゃぶ)店を発見。お酒の持ち込みも自由なので、とりあえず入ってみることにした。
店名は「双葉居熱気羊肉」。「熱気羊肉」とは「新鮮未冷凍羊肉」。それは珍しい。店主に聞いてみると、騎馬民族系の牧場と特別な取引関係があって独自のルートで羊を仕入れているという。普段はなかなかありつけないので、無類の羊肉愛好者である私は食べずに帰れない。
羊肉鍋といったら、北京などの北方に多く、上海の名物料理でも何でもない。なぜこの店がここにあるのか好奇心があっても、それは深く追及する暇もなく、早速鍋とにらめっこすることになった。メニューをみていると、まさに羊1頭丸ごとほぼすべての部位が揃っていることがわかる。
肉はもちろんのこと、内臓部位では、羊のレバー、ハツ、タン、胸腺、胃袋、腎臓、横隔膜から睾丸まですべて網羅している。脳みそだけはなぜか出していない。上がないなら、下を食べようと、睾丸を注文。思ったよりも、全く臭くなく淡白な味である。この手の料理にはやはり白酒が合う。どんどん酒が進む。
肉は「斤」で重量売りする、騎馬民族のように豪快に頬張る。新鮮未冷凍肉なので、普段見られるロール状で綺麗にスライスされたものでなく、やや「血」を感じさせる状態でサーブされる。私はむしろ、「血」を意識させてくれる肉のほうが好き。野生の本能が蘇り、血が騒ぐからだ。
近代社会では文明が進み、人類は原始的な状態からどんどん離れていく。食べ物は食卓に運ばれるまでに様々な加工処理が行われ、上品で洗練された形になって供される。農牧畜の一次産品が加工されることによって工業製品度が高まり、カラフルな包装をされると、原型のイメージすらできなくなる。
すべての産業活動や付加価値の積み上げから進化につながるとはいうものの、進化には必ず退化が伴う。それはまさに人類の野性的本能の喪失にほかならない。たまに血が騒いでもいいものだ。野生回帰、サバイバルの本能が少しでも蘇ればいい。