上海の夜は、見る側の立ち位置や心境によって景色が変わってくる。欲望に蝕まれる観客として眺めれば、上海の夜は妖艶に見えるかもしれないが、いざ自ら舞台に立ってみると、それこそ受け持つ役目によってはその時その時の場景に天地の差があったりもする。

去りし日々のセンチメンタルな残り香に酔い痴れるなら、少々のお酒は欠かせない。ただそれはKTVやガールズバーではない。むしろホテルの静かなバーが良い。花園飯店(オークラ・ガーデンホテル)には2つのバーがある。1つは低層階にあるメインバー「夜来香」。もう1つは高層階の「スカイバー」

お酒の味は変わらないだろうが、私はどうしても「夜来香」に惹かれてしまう。バーそれ自体のムードとそのネーミングとそして何よりも「夜来香」という歌とは、驚くほどの同一性を持っているように思えるからだ――。

あわれ春風に 嘆く鶯よ
月に切なくも 匂う夜来香
この香りよ
長き夜の涙 唄う鶯よ
恋の夢消えて 残る夜来香

「夜来香の香りもやがて消える。今の内に楽しもう、そしてその香りを記憶に刻もう」と語りかけた「夜来香」の歌。オリジナル中国語版の「夜來香 我為你歌唱、夜來香 我為你思量」の2句。「歌唱」の次に出てくる「思量」という言葉、まさに時間軸に沿った生々しい場景描写である。
「歌唱」の時代が終われば、「思量」の時代が訪れる。上海の夜を静かに眺め、何を思い巡らしているかは、人それぞれ違う。