汚染水問題(9)~正義を失う瞬間、日本政府の情報操作を解き明かす

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1. 実体的正義

 日本の汚染水海洋放出は、果たして科学的に証明された安全性を有しているのか?まず日本政府が主導する世論から検証していくと、情報操作の形跡が次々と浮上する。

 事実1: 中国の原発は日本の数倍ものトリチウムを放出している。
 事実2: 上記は今まで何の問題もなかった。
 仮説3: 福島の放出は国際原子力機関(IAEA)のお墨付き(情報変造)を得た。
         ↓
 結論4: 福島から放出されたトリチウムは大丈夫だ。
 結論5: 中国は偽善、政治的目的でイチャモンをつけている。

 ここまでは第1トリックで8割の国民が引っかかる。少しでも思考力のある国民との第2ラウンドの情報バトルがここから始まる――。

 質問6: トリチウム以外の六十数種の核種は、どうなっているのか?
 仮説7: ALPSという技術で上記を全て除去する。(これは事実でなく理論上の仮説だ)
         ↓
 結論8: 安全性は科学的に証明された。

 これまでは第2トリックで9割以上の国民が引っかかる。民主主義の多数決原則があり、大衆向けの情報操作・プロパガンダはこれで一通り終了。ここからは見所。ごく少数の人から質問が出る――。

 質問9: 結論8が事実であれば、福島を世界にオープンして利害関係のない専門家の検査を受け入れれば良いのではないか?
 事実10: 否!メディア取材でさえ、東電の監視下に置かれ、指定経路のみ、撮影厳禁、携帯電話・ビデオカメラ撮影機材持込禁止になっている。

 ここからは「真」をめぐって検証してみよう――。

 事実11: 事実1について、中国の正常な原発から出された「廃棄水」と福島の事故原発から出された「汚染水」は、同一ものではない。日本政府は意図的に「廃棄水」と「汚染水」を混同し、「処理水」という概念にすり替え、「トリチウム」という単一核種に大衆の注意を集中させようとした。
 中国など各国の原発から排出している「廃棄水」は、原子炉の正常な冷却水であり、放射性物質と直接接触することはない。福島から排出しているのは、デブリ(炉心、事故で核燃料が溶け落ちたもの)に接触した「汚染水」である。「汚染水」と「廃棄水」は全く異質なものである。「汚染水」は、放射性物質を直接通過したものであり、トリチウムを含む64種類の核放射性物質を含有し、「廃棄水」より危険度がはるかに高い。福島の場合、トリチウム以外の62の放射性核種の濃度が全体として排出基準を上回っており、最大で基準の2万倍近くとなっている。

 事実12: 仮説3は事実ではなく、情報変造であり、せいぜい仮説といったところだ。IAEAはお墨付きを日本政府に与えていない。また与えられる立場にもない。
 ● 12-1 IAEAの報告書は、基本的に日本政府・東電から提供された情報に基づくものであり、海洋放出以外の代替案についてはレビュー対象となっていない。
 ● 12-2 IAEAの報告書は、「推奨するものでも、承認するものでも、ない」と位置づけられ、「この報告書は、IAEAの観点を代表するものではない。またこの報告書を使用することによってもたらされるいかなる結果にも責任を負わない」と記されている。
 ● 12-3 IAEAは原子力の利用を促進する立場の機関であり、利害関係者の1員であり、中立とは言えない。 また、IAEAの安全基準と照らしてみても、少なくとも「正当化(justification)」、「幅広い関係者との意見交換」に適合していない。

 結論13: 上記により、結論4および結論5は崩れる。科学的検証事項を、中国の政治的操作にすり替えること自体が日本の政治的操作であり、非科学的である。汚染水の海洋放出は、リスクを他国、全人類に転嫁する行為である。福島から放出された汚染水について、改めて仮説構築と検証が必要となる。

 結論14: 仮説7の「ALPSという技術でトリチウム以外の全核種を除去する」というのは、事実でなく理論上の仮説であり、今後長い期間をかけて検証していく必要がある。したがって、現時点で結論8の「安全性は科学的に証明された」という結論自体が非科学的である。

 結論15: 福島原発の汚染水放出は、科学の名を使った賭博で地球規模の毒見だ。以下説明する――。
 ● 15-1 「科学的」とは?福島第一原発は、「科学的に」建設されたが、なぜあんな大事故になったのか。「想定外」だったからだ。「科学」にも想定外がある。それが「リスク」というものだ。「リスク」は事実にでなく、「仮説」に基づく。
 ● 15-2「科学」は、「想定外」が伴うが、当事者の意図的な「想定回避」もある。都合の悪い想定をしない。利害関係から、情報隠蔽したりもする。情報隠蔽を見破れない人が多いのは、「情報の非対称性」があるからだ。情報にアクセスできなかったり、プロでなかったりする人々が情報弱者になる。
 ● 15-3 友人の医学者T氏のコメントを引用する――。「福島第一原発事故後の『健康に影響なし』という、科学的予測は、7000人の子供の甲状腺ガンという「想定外」で揺らぎました。小児甲状腺ガンの罹患率は、10万対1です。そうなっても、御用学者たちは『福島原発との因果関係なし』と言い放っています。東北地方のエンデミックとでもいうのでしょうか?」
 ● 15-4 百歩譲って、たとえ「科学」であっても、100%正しいとの保証があるわけではない。科学というのはもともと、反証されることによって発展してきたもので、科学が言えるのはあくまでも「今の段階ではこれが正しいっぽい」というところまで。汚染水の海洋放出が間違っているという反証が出た時点は、もう軌道修正も何もできない。全ておしまい。海に流したものは二度と回収できない。これは一か八かの賭博。「殺されてみないと」式の検証であり、科学の名を使った賭博で地球規模の毒見だ。

 仮説16: 上記により、事実10に新たな仮説構築ができる――。日本政府は何らかの不都合な事実を隠蔽しようとしている。

2. 手続的正義

 前節に述べた日本政府の世論づくりから検証していくと、情報操作のトリックが明らかになった。「実体的正義」とは、「ある結果の内容自体に正当性があるかどうかを問う考え方」である。一方で「手続的正義」とは、「結果に至る過程・プロセスに正当性があるなら、正しい結果とみなす」という考え方だ。

 民主主義は、「手続的正義」をベースとする制度である。そのコアとなる要素は、透明性である。政府の意思決定に際してそのプロセスは透明であるべきであり、国民がプロセスを理解し、監視できるようにすることが大切である。前述したように、日本政府の情報操作と世論誘導は、「科学的に証明された安全性」という「実体的正義」以前の問題で、「手続的正義」が著しく欠如していることは明らかだ。まだまだツッコミどころ満載だ――。

 2-1. タンクに残留するこれらの放射性物質の総量が示されていない。東電は放出する放射性物質の種類と量として示しているのは、3つのタンク群のみ。タンクの水全体の3%弱にすぎない。現在、タンクに貯められている水の約7割については、トリチウム以外の放射性物質も基準を超えて残留しているため、「処理水」とは言えない。

 2-2. 環境中のトリチウムの量が少しずつ多くなることの累積的影響についてはまだわかっておらず、世界中の原発から出されているからよい、ということにはならない。

 2-3. 6万ベクレル/リットルというのは、原発敷地内に排水以外に考慮すべき放射線源がない場合、かつ排水中にトリチウムのみが含まれている場合の基準になる。トリチウム濃度を排出濃度基準の「40分の1」に希釈するという表現は、ミスリーディングである。

 2-4. 「大型タンク貯蔵案」や「モルタル固化案」など、海洋放出以外の代替案もあるが、透明性をもたせた議論はほとんどされていない。最近徐々に明るみに出た処理法は概ね、5種類に絞られていた。日本国内では一応政府の中で議論されたようだが、資料レベルにとどまり、メディアによる一般向けの報道はほとんど見当たらない――。

台湾・中天TV

 海洋放出(34億円)、水蒸気放出(349億円)、水素放出(1000億円)、地下埋設(2400億円)、地下注入(3976億円)。中国とロシアは、汚染水の海洋放出に代わる代替案かつ妥協・譲歩案として、水蒸気放出(蒸発処理案)を日本に提示し、採用を求めたが、日本はこれを拒否した。拒否の理由も不明のままになっている。最終的に日本は近隣国など利害関係者と協議もせず、一方的に海洋放出を決めた(次節で詳述)。

 2-5. 海外のみならず、国内においても代替案の検討や利害関係者との協議はほとんど真剣に行われていない。
 ● 2-5-1 汚染水をこれ以上増やさないために、福島大学の柴崎直明教授らの研究グループは、広域遮水壁の建設を提案したが、真剣に議論されなかった。
 ● 2-5-2 日本政府および東電は2015年、汚染水に関して「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」と文書で約束をしたが、一方的に反故にした。
 ● 2-5-3 日本政府が海洋放出方針を決めた2021年4月以降では、23市町村議会が意見書を可決。そのうちの16市町村議会が、方針の撤回や反対、処理水の「陸上保管」を求める内容で、6議会が風評対策や丁寧な説明を求める内容だった。いわき市議会は、政府や東電に対して、漁業者との「約束」の履行を求める内容だった。
 ● 2-5-4 日本政府は2018年8月、福島と東京で、「説明・公聴会」を開催した。意見を述べた44人のうち、42人が明確に海洋放出に反対した。その後、公聴会の開催は打ち切られた。

 2-6. 日本は海洋放出にあたって一方的に「安全だ」と謳いつつも、将来に向けて地球範囲内に生じ得るリスク・災害とその対策、被害が発生した場合の責任所在、賠償条件等については一切提示していない。

 2-7. 上記各項について、日本政府も日本国内メディアも回避し、真正面から向き合おうとしない姿勢は不誠実であり、信用・信頼を失わせるものである。

3. ブラックボックス操作

 中国とロシアは、汚染水の海洋放出に代わる代替案、水蒸気放出(蒸発処理案)を日本に提示したが、日本に拒否された。蒸発処理とは、汚染水を蒸発させ、放射性核種を水中に残したまま水蒸気にした後、水蒸気は冷却・凝縮されて水になり、二次処理を経て排出または再利用される方法である。一方、水中に残された放射性物質は、さらなる漏出や拡散を防ぐために固化または密封される。蒸発処理は海に直接放出することに比べれば、被害リスクが少なく、妥協と譲歩の産物である。

 中国とロシアは、永久的に汚染水を溜め込むことができないとする日本側の立場を理解しており、妥協・譲歩案としてこの蒸発処理案を日本に提示し、採用を求めてきた。しかし、日本側は中露の提案を一蹴した。日本政府は、あたかも「海洋放出」の一案しかないかのように国民や海外に印象付けてきた。それはなぜだろうか。

 表向きの原因はおそらくコストにあったのではないかと思われる――。海洋放出のコストは34億円だが、蒸発処理はその10倍にあたる349億円かかるからだ。しかし、日本の経済力や将来的リスクを考えれば、349億円はまったく高いコストとは思えない。日本政府は、東京電力への「思いやり」で、349億円を削減し、その代わりにどのくらいの代償を払うのか?

 まずは1007億円(これから増額の可能性大)を漁業の補填に充て、さらにいわゆる風評被害対策(メディアや世論づくり)としてどのくらいの予算を投入するかも見えていない。そのうえ海洋放出が長期化し、将来的損害賠償のリスクも生じ、これら諸々を折り込むと、数兆円、いや数十兆円規模に上るかもしれない(例:2010年のメキシコ湾原油大量流出事故で、BPの支払額208億ドル(当時約2兆5000億円)で過去最高額を記録)。

 蒸発処理に349億円を投入すれば、少なくとも中国やロシアは黙るだろうし、水産物禁輸などもなかっただろうし、また将来的なリスクも最小限にすることができる。なぜ、日本政府は海洋放出に固執するのだろうか。

 正常な人から考えれば、お金の使い方には合理性がまったく見出せない。正直に言って、そのお金のやりとりを精査する必要はないのか?怪しくないか?しかも、蒸発処理などの代替案について、国民への情報開示はほとんどない。あたかも海洋放出一案しかないような印象付けだった。余計、怪しい。

 8月27日、福島原発の汚染水放出現場に初の外国人記者を受け入れた。中国中央TVの取材では、東京電力は「海洋放出以外の選択肢を検討したことがない」と述べた。日本側が中露からの提案を一蹴したことが事実であれば、東電の「未検討」発言は、意図的な情報隠蔽である可能性も出てくる。

 もう1つの可能性に触れておきたい――。

 日本人は身内に親切だが、社会レベルの公徳心が欠落している。公益毀損があっても平気で社内不正やその隠蔽に加担する、そうした企業の不祥事はまさに好例。表向きには正論や美辞麗句をペラペラとしゃべる。自分の所属する利益集団や身内の実利が損なわれようとすると、すぐに引いてしまう。

 汚染水の海洋放出は、近隣諸国ないし全世界にリスクを転嫁することで、日本自身のリスクがその分軽減するとなれば、国家利益につながる。では、果たしてそうなるのか。よく考えればわかることだが、汚染水放出の最終的、かつ最大の被害者は、日本の国家国民にほかならない。経済的、社会的、政治的、もちろん健康的ダメージ、どれをとっても、日本人は最大の被害者だ。

4. 日本は信頼性を取り戻せるのか

 農林水産省のデータによりますと、2023年上半期(1~6月)、日本からの農林水産物・食品の輸入が最も減少したのが米国で、減少額は約83億円だった。輸入が減少した主な日本産農林水産物・食品は日本酒、ホタテ貝と練り製品で、その主な産地はそれぞれ新潟県、宮城県と福島周辺で、いずれも放射能汚染水の海洋放出による影響を受ける地域だとみられている。

 日本の汚染水放出を支持している米国自分が早い段階から、輸入を減らしている。おかしくないか。そして減少額の大きい国2位は、マレーシアの16億円。マレーシアでは、日本水産物の不買運動が拡大するなか、輸入の自主的規制も始まった。国産や近隣諸国の水産物と区別する意味で「日本産の水産物を使っていません」という意味だ。

 マレーシア現地の日本料理店は、一部3割も売り上げが減少しているという。日本の水産物に対する不信感が募り、その動きはマレーシアのみならず、他国に広がる可能性も高い。

 2013年9月4日付けのマレーシア経済紙南洋商報は、日本の核汚染水放出特集を組み、「中国をはじめとする国際社会は日本に強く抗議する」とトーンを上げながら、「反日」の様相を呈し始めた。最近になって海外の世論は、徐々に焦点を汚染水の処理方法をめぐる議論の不透明性に集中している。

 チェルノブイリ原発事故では、旧ソ連は自己犠牲にした。日本の福島原発事故への対処は、日本と他国ないし全人類を多大なリスクにさらした。チェルノブイリ原発事故の後、核汚染水が地中に浸透すれば、ドニエプル川、そして黒海、地中海へと流れ込み、果てしない災害を引き起こすことは必至であった。その時、旧ソ連が行ったのは、危険を冒して原発全体の底にコンクリートで石棺を作ることだった。プロジェクトを完遂するため、多くのソ連国民が命を犠牲にした。これに対して、日本は今、愚かなことをした。

 いわゆる風評被害を払拭するために、岸田首相や閣僚たちは相次いで福島産海鮮を食べるパフォーマンスを見せた。ただそれだけでは足りない。上は国会食堂、官邸配膳から、下は市町村役所の食堂まで、挙国体制で、中国輸出できなくなった水産物をどーんと買い上げ、政治家や官僚全員が食べようではないか。その家族分も宅配してあげよう。一日三食体制だ。

 宮内庁御料にも、福島産水産物を採用し、天皇陛下・皇族の方々にも召し上がっていただこう。科学的に証明されており、絶対安全だから、問題はない。陛下ご自身が世界にその意思と姿勢を示せば、日本の信用が上がり、風評被害も減るだろう。

 私は決して意地悪でいろいろ言っているわけではない。日本は世界でもっとも信頼性の高い国の1つである。しかし、この信頼性が今崩壊の危機に瀕している。今ならまだ間に合う。すぐに福島汚染水の海洋放出を一時停止し、情報を開示し、近隣諸国を含め利害関係者との協議を始めるべきだ。

 汚染水処理の情報は日本の国家秘密ではない。世界の運命にかかわるものであるから、開示は欠かせないものだ。民主主義の「手続的正義」を取り戻すのが、「実体的正義」を生み出す第一歩だ。

※注:技術面や一部の手続における情報ソース:FoE Japan

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